ドアにはこびりついた息子の血 ハマスの攻撃から1年、立ち尽くすイスラエル住民
昨年10月7日、イスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃して以来、1年がたとうとしている。最も大きな被害を受けた南部のキブツ(農業共同体)・ベエリで、15歳の息子カーメルさんを亡くしたアビダ・バシャールさんは、銃弾で穴だらけになったドアの前に立つ。そこには、カーメルさんの血がこびりついている。パレスチナ自治区ガザから約4.8キロのベエリでは、住民約1000人のうち約1割が亡くなった。 「この銃弾は私の足に当たり、この銃弾は私の腕に当たったのかも」 銃弾の穴が無数に開き、血に染まったこのドアは、アビダ・バシャールさんの恐ろしい記憶を蘇らせる。 昨年10月7日、ハマスによるイスラエル南部への攻撃で、15歳の息子カーメルさんが殺害されたのもここだった。 ハマスに襲われたアビダ・バシャールさん 「私は壁のすぐ近くでドアノブを握っていて、カーメルはこうやって、私の隣でノブを握っていた。 そして……これはカーメルの血だ。 このようにノブを握っていた時、弾丸が息子の両腕に当たったのだ」 バシャールさんは、ハマスの戦闘員が自宅を襲撃した際、片足も、妻のダナさんも失った。 武装集団は家に火を放ち、男も女も子供も殺し、拉致した。 ハマスがイスラエルへの攻撃を開始した際、バシャールさんの家族が避難した隠し部屋は、ロケット弾から逃れるためのもので、地上攻撃は想定されていなかった。 重武装したハマス戦闘員らは鉄製のドアを銃撃し、窓から手榴弾を投げ込み、バシャールさんの家に火を放った。 彼の住んでいたキブツ(農業共同体)、ベエリは平等な農業コミュニティーとして1946年に設立された。ガザからわずか5キロ未満のところにあるベエリでは、住民約1000人のうち1割が死亡した。 「イスラエル軍はキブツを守ってくれなかった」――そんな怒りが今もくすぶっている住民もいる。 ガザにはまだ101人が人質となっており、奪還のための政府の努力は足りないと感じる人も多い。 ベエリから連れ去られた10人の人質のうち、少なくとも3人は生きているとみられる。 生き残った住民のほとんどは、死海沿いのホテルに避難。数人はベエリに戻ってきたが、この状態で一体感を維持するのは困難だと、ベエリの責任者、イフタ・セルニカーさんは言う。 「ベエリを復興するだけでなく、ベエリが安全だと信じてもらうにも時間がかかるだろう」