「鴻池朋子展 メディシン・インフラ」(青森県立美術館)開幕レポート。身体を(少し)変える展覧会
絵画や彫刻、手芸、歌、映像、インスタレーションなど様々な表現手法を通し、芸術の根源的な問い直しを続けているアーティスト・鴻池朋子 。その新たな個展「メディシン・インフラ」が、青森県立美術館で始まった。会期は9月29日まで。 鴻池は1960年秋田県生まれ。大学を卒業後、玩具、雑貨の企画デザインに携わり、98年よりアーティスト活動を開始した。近年は2015年の「根源的暴力」(神奈川県民ホールギャラリー)をはじめ、「ハンターギャザラー」(秋田県立近代美術館、2018)、「鴻池朋子 ちゅうがえり」(アーティゾン美術館、2020)、「みる誕生」(高松市美術館、静岡県立美術館、2022-23)など、すさまじいペースで大規模な個展を開催してきた。本展は、高松市美術館と静岡県立美術館につながるリレー展覧会の最終地点にあたるものだ。 東日本大地震以降、地球の振動そのものを「画材」と感じたという鴻池は、旅を続けるなかで様々な技法を習得してきた。本展タイトルにある「メディシン・インフラ(薬の道)」は、昨年より東北でスタートした長期プロジェクト。鴻池が各地を巡り、縁のあった場所に自作を展示保管してもらうというものだ。 「メディシン」「インフラストラクチャー」という身体と社会それぞれの機能を維持するために必要な要素を組み合わせたこのプロジェクト。鴻池はその背景についてこう語る。「合理性や効率が優先される現代社会は人間の身体にあっていないはずなのに、誰もがそれにアジャストしようとしている。それは美術館も同じ。だが、そうではない小径、新しいインフラもあるはず。その基盤になるところにアートを入れ、機能させてみたい」。 鴻池のこの考えがもっともよく現れているのが、「アレコホール」で展開される《車椅子アレコバレエ》だろう。同ホールはマルク・シャガールがバレエ「アレコ」公演のために制作した背景画全4作品を展示する巨大空間。巨大作品と対比をなすように、全国の美術館から借り受けた使っていない車椅子が20台以上も置かれている。「アレコ」背景画の第4幕《サンクトペテルブルクの幻想》に描かれた、後肢が車輪になった白馬から着想されたこのインスタレーション。美術館の備品である車椅子を、障がいの有無に関わらず誰もが使用することで、無意識の身体のカテゴライズを認識させるもの。また美術館関係者に対しては、端に追いやられがちな車椅子という存在を再認識させる問題提起ともとらえることができる。 「美術は大きいものではなく、弱くて生きていくのが大変なところに作用するもの。いままでは大きな作品もつくってきたが、いまはこの手元でやれることの深い可能性を感じている。でもまだそれは古い社会の仕組みではうまくいっていない。だから今回は、(《車椅子アレコバレエ》によって)美術館という古い社会を中から柔らかくしていくような感覚です。それで多分少しずつ変わるかもしれない」(鴻池)。 本展ではこのほか、鴻池が旅先で出会った個人の話を聞き、それを描き、話し手にランチョンマットサイズの布作品をつくってもらう「物語るテーブルランナー」シリーズや、鴻池が戦争にまつわる詩を読むなかで、それらを手に触れられるものとして残しておきたいという考えから生まれたベッドカバーも展示。また鴻池が珠洲市で進める仮設住宅にカーテン90戸分を設置する「カーテン・プロジェクト」の一部や、美術研究者や学芸員ら15組が鴻池作品と共に遊び、研究や作品を発表するプロジェクトラボ「新しい先生は毎回生まれる」など、多様な営みが展示を構成する。 また今回の個展の大きな特徴は、会場が美術館を飛び出し、国立療養所松丘保養園 社会交流会館にも及んでいる点にある。青森県美からほど近い緑の中に位置する同施設。鴻池はこれまで「瀬戸内国際芸術祭 2019」で国立療養所大島青松園を訪れ、熊本の国立療養所菊池恵楓園絵画クラブ「金陽会」メンバーによる作品群を大島に持ち込んだ。その後も、「みる誕生」展などでその作品を自身の展覧会のなかに織り込むなど、国立療養所と関係を築いてきた。 国立療養所松丘保養園 社会交流会館では、鴻池の作品以外に、「金陽会」の作品約30点、梵珠山六角堂休憩所に設置する予定で新城中学校美術部員、北中学校総合文化部員とが「美術館ロッジプロジェクト」で制作した皮絵などを展示。地域と施設に根ざしたサテライト展示も忘れずに訪れてほしい。
文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)