「日本人から下に見られても」ミャンマー人経営者がそれでも日本で働く理由と誇り
「モヒンガ」は、ミャンマー人にとって日本人の「みそ汁」のような存在で、毎日でも食べたくなるソウルフードです。その本格的な味わいが口コミで評判となり、東京に住むミャンマー人の間で話題になりました。やがて噂が広がり、店は次第に繁盛し始めました。 コロナ禍ではありましたが、紅茶や軽食の提供には問題がなく、経営は次第に安定軌道に乗りました。また、池袋の隣駅である大塚やその隣の巣鴨地区には多くのミャンマー人が住んでいることもあり、地域の支持を得て繁盛が続きました。
現在では、来店する客層は日本人とミャンマー人がほぼ半々。ミャンマー人が肉汁水餃子を楽しみ、日本人が珍しいミャンマー料理を注文するなど、店はちょっとした文化交流の発信地となっています。 この成功を受け、ミャンマーティーショップの専門店設立を目指すボボさんとテテさんは、東京ではミャンマー料理の聖地とも称される高田馬場への出店を計画しました。偶然にも、元パチンコ店の休憩室だったという3階建ての物件に巡り合い、貸してもらえることになりました。
その物件は居抜きではなかったため、内装費がかさみ、費用は総額4500万円に達しました。銀行に融資を相談したものの、店舗の実績や一定の預貯金があっても貸し付けの承認を得ることはできませんでした。 それでも自己資金のみで準備を進め、2022年12月5日、日本の「リトルヤンゴン」とも呼ばれる高田馬場で念願のオープンを迎えました。 「店舗の経営が順調に進み、4店舗で年間1億5000万円ほどの売り上げを達成できるようになったことで、ようやく1000万円の借り入れが可能になりました。しかし、銀行の担当者からは『同じ事業にもっと集中したほうがいい』とアドバイスを受けました」(ボボさん)
ミャンマーでは政治的にいつ何が起こるかわからず、法律も頻繁に変わるため、経営環境が急速に変化するのが日常です。そのため、生き残る企業ほど多角経営を行うことが一般的です。 こうした背景もあり、2人は「日本でもミャンマー人のわれわれには何が起こるかわからない。だからこそ事業を多角化し、リスクに備える必要がある」と考えるようになりました。 また、ミャンマーでは日本のように銀行から融資を受けることが難しい環境で育ったため、「自分の力で何とかする」という姿勢が自然と身に付いたことも影響しているようです。