山手線で2番目に新しい西日暮里駅は「鉄道のワンダーランド」
車両更新の早い山手線
山手線の話題にもどそう。西日暮里駅が開業したのと同じ1971(昭和46)年4月には、山手線電車の全編成10両化が実現している。当時の電車は103系と呼ばれる車両で、車体全面がライトグリーンに塗られ、以後、この色が山手線のキーカラーとなった。 1909(明治42)年12月に、烏森(現新橋)-品川-新宿-池袋-上野間と、池袋-赤羽間で電車運転が始められたときは、1両編成の電車が行き来した。それが都市化の進展や利便性の向上で利用客数が伸び、新車の投入あるいは増結がなされた結果、1925(大正14)年の環状運転開始の際に5両化、戦時中の1944(昭和19)年には7両編成が現れている。 8両となるのは1961(昭和36)年からで、さらに高度経済成長による東京の人口急増を受け、1971(昭和46)年に、すべての電車が10両に統一されたのだ。
2015年にデビューしたE235系
その後、1991(平成3)年に、車両片側のドアが6ヶ所ある6扉車が1両増結され、11両編成となった。このときの車両は103系の後継として、1985(昭和60)年にお目見えした205系である。6扉車は、ラッシュ時には座席を折りたたみ全席立席として運行された。 山手線の車両更新サイクルは短く、2002(平成14)年には早くもE231系の導入が始まった。当初は6扉車が2両連結されていたのだが、ホームドア設置に対応するため、徐々に姿を消し、通常の4扉車へと差し替えられていったのである。 現在、山手線で活躍しているのはE235系と呼ばれる車両だ。2015(平成27)年にデビューし、2020(令和2)年に従前のE231系から全50編成の置換えを完了している。山手線を追われたE231系車両は、外装帯色の変更や所要の改造を経て、中央・総武緩行線に転属した。
西日暮里周辺は鉄道のワンダーランド
西日暮里駅には駅舎と呼べる建物がない。有楽町駅などと同様、駅施設はすべて高架下に納まっているのだ。改札内のコンコースでは、千代田線への乗換えエスカレーターが中央を占め、山手線や京浜東北線ホームへ至る階段・エスカレーターは、その両脇に控える。地下へ下りる階段もあり、改札口は端っこ。地下鉄との連絡を重視したつくりだ。 2面4線のホームは、外側の1.4番線を京浜東北線用に充て、内側の2.3番線に山手線が発着するのは田端駅と同じだけれど、西日暮里駅は山側が4番線である。 1番線の目の前を、とりどりのカラーをまとった新幹線がよぎる。この付近は高架橋の壁の位置がまだ低いので、まぢかで眺められるのが楽しい。 駅の外へ出てみる。頭上には山手・京浜東北線のほか、新幹線、さらに尾久経由の東北線のガードがひしめき、周囲はいささか薄暗い。目の前を往来するのが道灌山(どうかんやま)通りだ。出口を背に左手の方向、開成高校のある付近が道灌山と呼ばれる高台で、異説はあるものの、太田道灌が築いた砦跡に由来するという。 反対に、右手の方向へ進めば、目の前の高みを2層の構築物が横断している。日暮里駅前から足立区の見沼代親水公園までを結ぶ新交通システム、「日暮里・舎人ライナー」だ。こちらの西日暮里駅は、道灌山通りと交差する尾久橋通りの上に設けられている。構築物の下層は、ライナーの乗り場へ導く歩行者通路。走路は上層構築物のさらに上で、小型車両が数分おきに往復する姿は、おもちゃのレイアウトのようだ。