〈真相〉フォルクスワーゲンが犯した大きな二つの失敗、欧州最大の自動車メーカーの悲惨な末路、日本の産業界は何を学ぶべきか
エネルギー費用の高騰に悩む
VWに限らず、ドイツの多くの製造企業が今頭を痛めているのが、22年のロシアのウクライナ侵攻以降続いているエネルギー費用、特に産業用電力価格の高騰である。 ドイツのエネルギー・環境問題に関する研究機関アゴラ・エネルギーヴェンデが23年10月に公表した研究報告書によると、23年のドイツでは、電力消費量が多い中小企業(EMU)向け電力価格は米国に比べて約3.6倍~3.9倍だった。また、年間電力消費量が5億キロワット時を超えるドイツの大手製造企業向け電力価格は、米国に比べて2.3倍だった。23年のドイツのEMU向け電力価格は中国に比べて約1.7倍~1.8倍、大手製造企業向け電力価格は中国に比べて約1.8倍だった。 このためドイツの産業界は政府に対して、価格競争力を改善するために、補助金によって産業用電力価格を引き下げるよう求めている。しかしドイツでは24年11月に三党連立が解消され、ショルツ政権が連邦議会で過半数を失ったため、産業界を支援するための法案を単独で施行できない。来年2月23日に連邦議会選挙が行われるまで、政治の空白状態が続く。
日本の産業界への教訓
我々がVWの失敗から学ぶことができることは、政府の補助金に依存する製品を経営戦略の中心に据えることの危険だ。BEV市場は、消費者の要望で自然発生的に生まれた市場ではない。二酸化炭素(CO2)削減という政策によって生まれた人工的市場だ。 したがって価格が高くなるため、補助金なしに普及させることは難しい。VWはそのことを見通さず、政府に梯子を外された。 ドイツのBEVの価格が高い理由の一つは、電池の内製化に失敗したことだ。BEVの価格の30~40%は電池の価格だ。電池を内製化している中国企業に比べると、価格競争力の面で不利だ。 VWなどドイツの自動車メーカーが、中国からの電池への依存度を下げるために期待をかけていたスウェーデンの電池メーカー、ノースボルトは11月に倒産した。BEVシフトという、19世紀に自動車産業が始まって以来最大のトランスフォーメーションを実現するためには、本来政府がBEVシフトを支えるための産業政策を実施するべきだった。だが欧州連合(EU)やドイツ政府はCO2削減と経済のグリーン化だけを重視し、企業を支援するための産業政策を軽視した。欧州企業は今この政策ミスのつけを払わされている。 日本の産業用電力の価格は、ドイツほど高くはないが、中国や米国に比べると高い。日本企業が競争力を失わないためには、政府が補助金によって産業用価格の高騰を防ぐ必要がある。 もう一つは、利益率が低い部門を、外国の他の事業で補うことの危険だ。ドイツではこのような行為をQuersubvention(横断的な補助金:収益が低い部門の赤字を、収益が高い部門の黒字で補填すること)と呼ぶ。ドイツ企業の経営者の間では、横断的な補助金は、本来禁じ手である。 それぞれの部門は、独力で十分な収益率を確保するべきだ。VWグループでも乗用車部門の収益率の低さは長年問題視されてきたが、歴代の経営者たちは痛みを伴う改革を先延ばしにしてきた。 VWの苦境は、日本から1万キロメートル離れた場所での、対岸の火事だろうか? 筆者は今年9月以来、欧州で働いている日本企業関係者のために、VWの苦境について、数回にわたり講演を行ってきた。そこで、日本の企業人たちからは「他人事に思えない」という感想を聞いた。 長い歴史と伝統を持つ欧州最大の自動車メーカーが身を切るような改革によって、競争力を回復できるかどうか。我々日本人も、このリストラの行方から目を離すことができない。
熊谷 徹