トランプのふしぎな勝利(上)顰蹙発言・行動に米国人は惹かれた 大澤真幸
もしトランプが品行方正だったら…
だが、それにしてもふしぎである。あれほど顰蹙(ひんしゅく)ものの言動を繰り返しても、また過去のとてつもない行状が暴かれても、どうしてトランプは負けなかったのだろうか。失言したり、過去が暴かれたりするたびに、すこしだけ支持率を下げることは下げた。しかし、選挙結果を見れば、そのマイナスの影響はたいしたことはなかったのだ。どうしてだろう。 逆にクリントン側を見てみると、メール問題は最後まで響いた。過去のメール問題の失敗だけで、クリントンは、「政治家としての資質が云々」とか言われ続けたのだ。だが、そんなことを言うなら、トランプは、政治家どころか、人間としての資質が疑われてもおかしくないほどひどいことをやってきたではないか。どうして、クリントンはダメで、トランプはOKなのか。 ここで秘密を明かしておこう。あの顰蹙ものの言動や過去、あれは、トランプにとって不利なマイナス要因だと皆思っている。トランプ自身でさえもそう思っている。しかし、実はそうではないのだ。あれは、プラス要因でもあったのである。 ああしたスキャンダラスな言動のないトランプ、というものを想像してみるとよい。何の魅力もない平凡な男になってしまうだろう。そんな男にだったら、クリントンは難なく打ち勝っていただろう。 アメリカ人は、無意識のうちに惹かれていたのである。トランプのあの、破天荒な言動に、である。まったく道徳的に容認できないスキャンダラスな発言や行状に、である。どうして、そんなことが魅力の源泉になっているのか。 まず、はっきりと言っておこう。確かにトランプは勝った。そして、私は今、トランプの人種主義や性差別主義が、トランプの魅力にもなっていると述べた。しかし、トランプに投票した人が、トランプと同様に人種主義的であると思ったら大間違いである。トランプに投票した人が、トランプと一緒に、女性蔑視していると考えたら、事態を見誤ることになる。まして、トランプ支持者は、ハラスメントの推進派だなどと考えたら、とんでもない。もし、真正の人種主義者やほんとうの家父長制的性差別主義者しか、トランプを支持しなかったら、彼は選挙に完敗していただろう。 それでは、なぜ彼は勝てたのか。とてつもない欠陥に見える彼の顰蹙ものの言動が、どうしてポジティヴな要因に転化したのか。