トランプのふしぎな勝利(上)顰蹙発言・行動に米国人は惹かれた 大澤真幸
奴のどこが共和党なのか
今度はトランプ側に目を向けてみよう。トランプは共和党の大統領候補だ……が、よく見れば、彼は、全然、共和党らしくない。むしろ、民主党的でさえある。トランプは、ある意味では、民主党以上に民主党的である。しかし、別の意味では、共和党よりも共和党でもある。そして、全体としては、彼は、共和党に分類されるしかないのだが、いずれにせよ、伝統的な「民主党/共和党」の図式を完全に打ち崩しているである。 まず、彼が公約した政策を見てみよう。イスラム教徒は入国させないとか、不法移民を全部追い出すとかといった、できるはずのない極端な部分をそぎ落とし、実現可能なこととして述べられている政策の部分だけを冷静に眺めれば、どうなるのか。そこには、共和党らしいことはほとんど入っていない。どちらかと言えば民主党に近い。最低賃金を引き上げるとか、関税によって国内の産業を守るとか。これは、アメリカでは、中道的なリベラルが言いそうなことである。 一般に、共和党らしさを構成している文化項目がある。たとえば、人工妊娠中絶には反対(あるいは積極的には賛成できない)とか、聖書に忠実で、ときには進化論より創造説を好むとか、こんなことを言えば共和党らしい。こういう基準で、トランプを見たらどうだろうか。そうすると、どこにも、ひとつも共和党らしいものを彼はもってはいないことがわかる。トランプは、中絶などまったくOK、問題なし、という考えである。彼には、聖書を尊重する気など、これっぽっちもないだろう。 見ようによっては、トランプは、標準的な民主党支持者よりも、もっとリベラルである――というか(保守的な規範に縛られず)奔放である。聖書やキリスト教を気にせず、いくらでも冒涜的になることができる。民主党支持者さえ、「そこまで聖書を蔑ろにしていいのか」と眉をひそめるだろう。性に関しても、めちゃくちゃなほどに「リベラル」で、保守的な道徳を気にしない。 では、いったい、トランプのどこが「共和党」なのか。なぜ彼は、共和党の大統領候補だったのか。彼を共和党にしている要素は、実は、彼のあの顰蹙を買った言動なのだ! 露骨な人種主義、信じがたい女性差別、そしてハラスメント。これらが、彼を共和党につないでいるのである。 ええっ!とんでもない!と共和党支持者だったら言うだろう。共和党は、決して、人種主義を正当化してはいない。共和党は、女性差別に反対である。ましてハラスメントなど論外である。……もちろんその通りだ。だから、実際、まともな共和党員、著名な共和党員の多くが、トランプから離れていったのだから。 しかし、である。ほとんど公民権運動以前の露骨で醜悪な人種主義。今どきあんなこという人もいるのね、と言いたくなるようなあからさまな女性差別。こうした顰蹙(ひんしゅく)ものの態度、極端な反動的言動は、民主党側にあるのか、共和党側にあるのか、と言えば、やはり後者だと言わなくてはならない。もちろん、今日の共和党がそんなことを支持していないことは明らかだ。しかし、共和党の中にある保守的な要素をあえて強調し、逸脱するほどまでに徹底させてしまえば、どうなるのか。そうすると、確かに、あの人種主義や性差別主義に近づくことは近づくのではないか。