化石研究の醍醐味 太古の魚の歯からあらわにする自然界の「隠された美」
脊椎動物の進化における歯の起源の謎
チェン女史:はい。この研究の一環として私も注目しています。まだ詳しいことを述べるのには、(もう少し研究が進むまで)待とうと考えていますが。 筆者:ところで個人的に興味があるのですが、脊椎動物の進化上、歯は「一度だけ登場し」、後に現れた種は同じ起源の歯を持っていると考えていいのでしょうか? チェン女史:いいえ。脊椎動物の進化上、歯のオリジン(起源)は複数回現れた可能性が強いと考えています。(注:具体的に何度、どのグループで歯は出現したのかも尋ねてみたが、話が複雑になるのでこの際割愛する。細かな件は脚注3の論文等から知ることが出来る)。 筆者:これまでに提唱されている歯の起源の原因として、二つの主な仮説があるようです(脚注3)。まず鱗のような硬質の皮膚(=外部)が口の中(=内部)に移動してきたいわゆる「アウトサイド-イン仮説」。そして魚類に見られる発達したエラのような部分やアゴの一部などの骨(=内部)が歯(=外部)に変成した「インサイド-アウト仮説」。今回研究された最古の硬骨魚類のデータは、どちらの仮説にあてはまるようですか? チェン女史:私は「アウトサイド-イン仮説」だと考えています。アンドレオレピィスの歯で非常に興味深い事実は、いわゆる四足動物などに見られる大き目の先が尖った「本物の歯」とは別に、複数の列に並んだ象牙質状の非常に細かな「歯のようなモノ」も、アゴの骨に沿って見られることです。(注:特に幼体の個体に見られるようだ:Image 3のゴールドで色付けされたモノ参照)。こうした細かな「歯のようなモノ」は、鱗ににた形態や組織で形成されているようです。
原始的な硬骨魚類の歯に見られる進化の不思議さ
筆者:ということは、硬骨魚類において歯が初めて現れた時に、すでにかなり複雑な構造及び姿をしていたということですね。「シンプルなものから複雑なものへの変遷」という流れが、「いつもマクロ進化の過程においてあてはまるわけではない」という点、私にも幾つか(他のケースで)思いつくコトがありますが。しかし初期の段階の歯がすでにこうした複雑で、一見奇妙な構造をしていたということは、果たしてこのアンドレオレピィスは一体何を食べていたのでしょうか? チェン女史:今のところはっきりしたデータはありません。ただ同じ地質年代であるシルル紀の同じような海環境の地層から、ご存知のように多数の化石が世界各地で見つかります。こうした化石相をみてみると、ほかの小型な原始的な魚や三葉虫などを食べていた可能性はあるようです。 筆者:固い殻をもった動物やサンゴ、ウミユリなどは避けていたかもしません。腕足動物(brachiopods)等もたくさんいたはずですが、あまり身もなく、おいしくなかったはずです。しかし太古の当時、とりあえず食べ物には(非常に見つかるたくさんの化石などによると)困ることが無かったのかもしれません。さて今後の研究の展望について少し聞かせてもらえませんか? チェン女史:他の初期の魚のグループの歯の構造も研究していきたいと考えています。軟骨魚類の中でもサメの祖先や板皮類(placoderms)と呼ばれるデボン紀末に絶滅した軟骨魚類の祖先と考えられているグループも、歯の起源など探る上で重要になると考えています。 筆者:それは非常に興味味深いですね。今後の研究の成果を楽しみに待っています。最後にもう一つ聞かせてください。もし新鮮なこの古代魚アンドレオレピィスを手に入れたとして、どのようにして料理して食べてみたいですか? チェン女史:私は普段シーフードに目が無いのですが。ただこのアンドレオレピィスは、あまり美味しくないかもしれませんね。鱗が硬すぎて身もあまり多くなさそうなので。(注:初期の硬骨魚は小さめでかなり多数の硬い鎧状の鱗に覆われていた。)私の研究ラボのメンバーにも聞いてみます。 筆者:寿司にするのには向いていない魚なのですね? チェン女史:クランチーな感じで口の中でじゃりじゃり音を立てながら食べないといけないかもしれませんね。 筆者:なるほど。この魚の特徴をよく言い表しているようです。いろいろどうもありがとうございました。