化石研究の醍醐味 太古の魚の歯からあらわにする自然界の「隠された美」
地球は46億年前に誕生したといわれています。そして生命は約40億年前に生まれ、わたしたちホモ・サピエンスの種が初めて現れたのは、およそ20万年前。地球の長い歴史を1年に置き換えた場合、人類は12月31日午後11時半過ぎにようやく出現したと例えられるほど、わたしたち人間の歩みは実は、とても短いものです。 人類出現まで、地球はどのように環境を変え、生き物はどのように進化してきたのか―。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、世界の最新化石研究について報告します。 ----------
2016年11月16日付けのシルル紀の硬骨魚「アンドレオレピィス(Andreolepis)」研究の記事(「あなたのDNAに潜む太古の魚“インナーフィッシュ”の影」:脚注1)を書く際、この研究論文の第一執筆者であるチェン女史(Donglei Chen:陳)といろいろメールを通してやりとりする機会があった。それまでまるで面識はなかったにもかかわらず、たくさんの興味深い情報やアイデア、イメージなど頂いた。先述の記事にその全てを載せることは、スペースの都合上無理があった。しかしこのまま私のコンピューターのフォルダーの中だけに埋もれさておくには、非常に惜しい情報やアイデアがたくさんある。 この場を借りてチェン女史と私のメールを通した一連のやり取りを、以下にインタビュー風にまとめてみた。研究論文に発表できるデータやアイデア等は、一般にスペースの都合上非常に限られているが、紙面外にも非常に興味深い事実がたくさん付随していることにスポットを当ててみたい。そして化石研究者がどのようなきっかけで、具体的なリサーチをはじめ、どのような取り組み方・及びチャレンジを必要とするのか、その醍醐味を少しでも感じてもらえたら幸いだ。
生物進化の興味から、化石研究の道へ
筆者:(先の記事を書く際)いろいろ貴重なイメージや情報ありがとうございました。ところで中国出身とのことですが、スウェーデンに留学してきたのはいつ頃ですか? Donhlei Chen(以下「チェン女史」):8年位前になります。中国の大学で進化生物学における学士号を取得して、ここウプサラ大学では修士号課程からはじめました。(注:現在博士号過程を終了するすぐ間近とのこと)。 筆者:ウプサラ大学を選んだのはどうしてでしょうか? チェン女史:ご存知かもしれませんがここウプサラ大学はヨーロッパで最古の大学の一つです。その伝統の一環として、うまく入学できれば(修士課程と博士課程は)授業料がタダになることを知りました。 筆者:それは生徒、特に留学生にとって非常に大きな特典ですね。中国にいた時から古生代の魚の化石研究を行っていたのですか?(注:中国南西部などの地域からたくさんの良質な古生代の化石が知られている)。 チェン女史:いいえ。中国にいた時は化石や古生物に特に興味があったわけではありません。 筆者:それではどういうきっかけでシルル紀の魚の研究をはじめたのでしょうか?スウェーデンや北欧からいくつも古生代の海生動物化石が知られているようですが。 チェン女史:この大学にやって来て生物進化に関する研究のテーマを幅広く探していました。そんな中、たまたま受講した(現在の私の担当教官である)Dr. Per Ahlbergの(古生物の)講義に、非常に強い興味を持ちました。このクラス活動の一環で、まず古生代の四足動物のアゴの化石標本の研究を行うチャンスを頂きました。そして修士号課程と現在行っている博士号過程では、シルル紀の硬骨魚を専門に研究を行うことにしました。(注:Dr. Ahlebergはこうした古生代の四足動物の先祖と原始的硬骨魚に関する世界的な第一人者の一人として知られている)。 筆者:生物進化にもともと強い興味があり、その過程で化石研究の道に進んでいったわけですね。今回の最古の硬骨魚に関する研究も、脊椎動物の進化上における「歯の生え変わりのパターン」がメイン・テーマです。非常に興味深い研究ですが、一番チャレンジを要した点は何だったのでしょうか? チェン女史:シンクロトロン(Synchrotron)という特別な顕微鏡でスキャンした多数のイメージの分析です。細かな部分に解剖学的な判定を下し、コンピューターを使って色づけをする作業に何週間、何ヶ月も費やしました(Image 2参照)。