妻のこと Vol.10 –ガムテ妻 – 写真・文/上出遼平
今日は妻のことを尊敬してしまった瞬間について書こうと思っているんです。 あれは結婚してから2年か3年が経った頃で、出会った当初のウブなトキメキはもう鳴りを潜めて、マジで歯軋りうるせえなとか、この人の寝言どうなってんだとか、あとは歯軋りが本当にひどいなとか色々な思いが募っていた時でした。 とはいえ妻の仕事場では彼女の歯軋りが酷いことなんて誰にも知られていませんので、しばしば花束なんかをいただくわけです。今思えば、頻繁に花束をもらって帰る妻だなんてそれだけでもたいそう立派なものだと思うのですが、当時はそうも考えておりませんでした。妻は玄関ドアを開けるなり「花束を乾燥させよ」と私に命じ、私は「ははあ」などと言って恭しくそれを受け取り、ロープを結えて鑑賞に適した場所へ逆さに吊るすということをしていたわけです。ドライフラワーにするということなのです。それは大変な重労働で、一つの花束を吊るすのに三日三晩かかったとも言われています。 さて、ある夜のこと。 妻が花束を抱えて帰宅したその夜、私は家を空けておりました。 連載「妻のこと」。 早速LINEが届きました。 妻 「花束吊るしてほしいんだけど」 私は返しました。 私 「我不在房子(わたしは家にいません)」 この時の私の心情を正直にここに吐露するならば、「へへ!今まで当たり前のように私に花束を吊るさせていた妻よ!私がいつまでもへーこらへーこら傅いていると思うなよ!花束吊るしの苦しみをとくと味わうがいい!」といったものでした。 そうして私は後日帰宅した際に、我が目を疑うこととなったのです。 壁に。 壁に、花束が、直接。 ガムテープで、貼り付けにされて。 びっちびちに。 私はそれを見た時、正直に言って「これはマジでかっこいい」と思いました。 私には考えもつかなかったアイディアです。もらってきた花束を、剥き出しにして、家の壁にガムテープで貼り付けるというその直情的な振る舞いに、私は感銘を受けました。原初のアートです。 その花束は今も壁に張り付けられたままで、しっかりとドライフラワーになって、部屋の隅を彩っています。 以上、私が妻を尊敬した話でした。なんなん。
プロフィール
上出遼平|1989年、東京都生まれ。テレビディレクター・プロデューサー。早稲田大学を卒業後、2011年に株式会社テレビ東京に入社。2017年にスタートした『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集など、番組制作の全過程を担う。 photo & text: Ryohei Kamide
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