【虎に翼】「異動に配慮が必要な女性はいらない」という風潮 女性裁判官の異動問題と採用における差別とは?
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』では第15週「女房は山の神百石の位?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)に新潟地方裁判所への異動辞令がくだった。そして、それを契機に猪爪家・佐田家の家族に入っていた亀裂が露わになり、花江(演:森田望智)や直明(演:三山凌輝)は寅子への不満や言動への違和感を吐露する。今回は一連のきっかけとなった「裁判官の地方裁判所への異動」について取り上げる。 ■寅子の異動は桂場等一郎の「愛」だった? 戦後、家族を養うために法曹界への復帰を決断した寅子。裁判官への採用は見送られたが、久藤頼安(演:沢村一樹)の要望もあって民事局民法調査室での勤務が決まった。ここで寅子は民法親族編と相続編の改正に携わることになる。 それが一段落ついた後、初代最高裁判所人事課長になっていた桂場等一郎(演:松山ケンイチ)から下された辞令は「家庭裁判所設立準備室」への異動だった。GHQからの指示で、少年審判所と家事審判所を合併させた家庭裁判所を短期間で設立するための部署だった。 ここで出会うのが家庭裁判所設立準備室室長・多岐川幸四郎(演:滝澤賢一)や補佐役の汐見圭(演:平埜生成)である。明律大学時代の同窓生とも再会し、少年審判所と家事審判所の対立など紆余曲折を経て家庭裁判所の設立にこぎ着けた。 それを踏まえて、寅子は「東京家庭裁判所判事補」兼「最高裁判所家庭局事務官」という二足の草鞋を履くことになる。さらに新たに誕生した家庭裁判所の広報活動やメディア出演などで、寅子は多忙を極めた。一時期は初代最高裁判所長官・星朋彦(演:平田満)の著書の改稿作業を休日返上で手伝うほどだった。そんな仕事漬けの生活のなかで、娘の優未(演:竹澤咲子)との親子関係にひびが入り、その他の家族の寅子に対する不満も蓄積していってしまう。 そして、家族の問題が爆発を迎える寸前に、寅子に判事補から判事への昇進と、新潟地方裁判所への異動という辞令がくだされたのだった。そこには、現在の法曹界における重役を後ろ盾に、一躍時の人に祭り上げられてしまった寅子が、きちんとひとりの裁判官として地盤固めができるようにという桂場の思いがあった。 ■史実にもあった女性裁判官の全国異動問題 じつは史実でも女性裁判官の異動問題が起きていた。そもそも全国に点在する地方裁判所の仕事の質をできる限り均一かつ高いものにするためには、それができるだけの実力を持った裁判官が適切に配属されなければならない。実際、1950年代初頭には3年ほどで転勤になるというルーティンが出来上がっていたという。 作中では寅子以外の女性裁判官は登場していないが、戦後の日本において女性裁判官が増えつつあったなかで、ひとまず女性は東京に配属されるのが通例となっていた。そんな女性裁判官の異動については、地方に残る「女性裁判官は扱いづらい」「うちでは面倒をみきれない」といったネガティブな意見が多く、どの地方裁判所も積極的に受け入れようとはしていなかった。 一方で、女性裁判官だけが転勤の対象から外されることに対して「特別扱いだ」という批判もあった。とはいえ実際問題、働きながら「良妻賢母」の姿も求められていた時代だ。家庭のある女性が単身赴任や家族を伴った転勤が容易にできるはずもない。 その結果、女性側は転勤を受け入れられる人だけが裁判官を志すことができるという歪な状況が生まれた。同時に、裁判官の任官・人事を行う最高裁判所でも「家庭環境に配慮しないといけないならそもそも女性裁判官を採用したくない」という風潮が誕生してしまったのだった。 寅子のモデルである三淵嘉子さん(この時点では和田姓)も、昭和27年(1952)に判事に昇進して名古屋地方裁判所へ異動になっている。そのため、同居していた弟家族から離れ、ひとり息子である和田芳武さんと2人で引っ越した。 残念ながら現代でも解消されていない問題だが、「これだから女性は」と言われる時代、女性初の判事となる寅子もまた、後進の女性裁判官のためにも転勤を受け入れるしかないのである。 <参考> ■清永 聡『三淵嘉子と家庭裁判所』(日本評論社) ■神野潔『三淵嘉子 先駆者であり続けた女性法曹の物語』(日本能率協会マネジメントセンター)
歴史人編集部