なぜ4回転も3回転半もない坂本花織が浅田真央氏以来12年ぶりの表彰台となる銅メダルを獲得することができたのか…3つの要因
だが、そのプレッシャーを力に変えた。いや、むしろ、この4年間の努力を信じて我が道を貫いたと言った方がいい。フリーの「ノー・モア・ファイト・レフト・イン・ミー」は「女性の強さ」を描いたドキュメンタリー映画で使われた曲。まさに坂本のぶれない強さを象徴するボーカルにのって2回転アクセルから課題の3回転ルッツを決める。 エッジにアテンションマークがついたが、GOEは1.10点ついておりミスとは言えない範囲にとどめた。3回転フリップ+2回転トゥループの連続ジャンプ、3回転サルコーと続け、後半も3回転フリップ+3回転トゥループから、3連続ジャンプ、最後の3回転ループまですべてをクリーンな回転と着氷。スピード感にあふれる流れるようなダイナミックなノーミスの演技にまとめ、坂本は、両手を観客席に向かって投げ出すようなガッツポーズを作った。 153.29は自己ベスト。 「いろいろ悔しい思いもたくさんしてきたので、この4年間の集大成というか、今まで頑張ってきたことが報われてすごくうれしいです」 4回転全盛時代に3回転アクセルさえ持たない坂本のメダル獲得はフィギュア界に一石を投じた。 元全日本2位で、現在MFフィギュアスケートアカデミーのヘッドコーチである中庭健介氏は「今の坂本さんが持っているものを100パーセント出し切ったと言っていいでしょう。基礎点の高い4回転、3回転アクセルがなく、233.13点というのは凄い数字です。現状の力を把握した上で、新しいものを無理に追い求めず、長所をグレードアップした坂本陣営の勝利だと思います。4回転に向かうフィギュア界の流れに一石を投じて、本来、もっと評価されるべき、芸術性や作品性を見直すことにつながる価値ある銅メダルだと思います」と評価した。 坂本自身も、スポーツキャスターの松岡修造氏のインタビューに「今の自分ができるすべてを出し切り、やりきった演技をやろうと。それを達成できて満足だし結果にびっくりです」と答えていた。 中庭氏は、坂本の銅メダル獲得には3つの要因があるという。 「ひとつは、4回転、3回転アクセルの習得ではなく、今持つ長所をさらに伸ばしたことです。スピード、力強さ、ジャンプの正確さ、ジャンプごとに減速することなくランディングからもうスピードに乗れる流動性。そしてスケーティング技術、プログラムの躍動感です。自分を知り、世界のライバルに勝てる場所を見出だして、あきらめず根気強く磨いたのでしょう。2つ目は、独創的な振り付けをするブノワ・リショー氏(フランス)の振り付けを理解し、作品の表現力を高めたこと。演技構成点は金メダルのシェルバコワと、わずか0.87点差です。3つ目は、苦手なものを克服したこと。エッジエラーがつくことの多かったルッツジャンプの踏み切りの改善に成功しました」 平昌五輪で6位に終わり、その後、3回転アクセル、4回転へも挑戦したが、大技ゆえ肉体にかかる負荷も大きくなり、うまくはいかなかった。苦悩の日々も続いたが、中庭氏が、指摘するように発想を転換。その地道な努力が実を結んだ。 幸運は努力が運んでくるもの。 トゥルソワが4回転5本という究極の最先端技術で世界に衝撃を与え、坂本がフィギュアが本来持つ作品性とスケーティングの美しさを突き詰め、そして4回転と芸術性の両方を兼ね備えたハイブリッド型のシェルバコワが頂点を極めた。 「ワリエワ選手は残念でしたが、SP、FSで2本の3回転アクセルを決めてみせた樋口さんも含めて、メダルの3人が、それぞれの特徴、個性を生かした素晴らしい五輪だったと思います」と中庭氏。 4年後のミラノ/コルティナ五輪へフィギュア界は、どう進化していくのか。 「次に向けてもっともっと前進していきたい」 日本女子フィギュア界に確かな爪跡を残した21歳の銅メダリストはとびきりの笑顔で4年先をみつめた。