対イスラエル報復は見送り? イランが全面戦争を避けたい理由 若者が反政府に走るリスク懸念
2023年11月以降、中東では紛争が激化しているが、戦況は「イスラエルvsハマス」から「イスラエルvsイランとその代理勢力」へと拡大している。イスラエルが4月、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館の領事部をミサイルで攻撃し、イラン革命防衛隊の幹部らが死亡したことを受け、イランは史上初のイスラエル領土への直接攻撃に踏み切ったが、それはイスラエルに大規模な被害を与えることを想定したものではなく、同国を政治的に強く牽制する目的だったと言えよう。また、イスラエルは7月、テヘランを訪問していたハマス最高幹部イスマイル・ハニヤ氏の殺害に関与したとされ、イランは再びイスラエルへの報復を宣言したが、それから数週間が経つが、現時点で具体的な措置は講じられていない。 【写真】故郷香港には一生戻らないことを明らかにした民主活動家、周庭氏 仮に、イランが4月以上に厳しい軍事的対応を取れば、イスラエルがさらなる報復に出る可能性が高く(既に有事にあるネタニヤフ政権として軍事的なハードルは高くない)、そうなればイランとしてはイスラエルとの本格的な戦争状態に陥ることになる。イランもそのリスクを十分に承知しており、軍事的な報復はかなり難しい選択肢となっている。しかし、イランがイスラエルへの報復を自制する背景には、もう1つの懸念があるからだと考えられる。 それは、イラン国民の政府への不満や反発だ。イランでは2019年11月、政府がガソリン価格を3倍に値上げしたことがきっかけで、若者らによる反政府デモがテヘランのほか、シラーズ、マシュハド、ビールジャンド、マフシャフルなど各地に広がった。デモ隊は各地のガソリンスタンドや銀行などを次々と襲撃するなど暴徒化し、治安部隊との激しい衝突などで数百人以上の市民が死亡したと言われる。また、2022年9月、テヘランでイスラム教徒の女性が髪を覆うヒジャブの着用が不適切だと20代女性が警察に逮捕された後に死亡したことを受け、それに抗議する若者たちによる抗議デモがイラン全土に拡大し、治安部隊との間で激しい衝突となった。人権団体の報告によれば、市民の犠牲者数は500人近くに上るという。イランでは1979年の革命以降、国籍や宗教を問わず女性のヒジャブ着用が義務づけられている。 イランの若者の間で、このような経済的な、政治的な不満や怒りは根強く、何か1つの事件がきっかけで再び若者たちの怒りが爆発する潜在性があり、イラン政府は常にそれを警戒している。仮に、イランがイスラエルへ軍事的な報復を講じれば、イスラエルがそれに再び攻撃を加え、中東情勢が緊迫化し、世界経済がさらに不安定化することが考えられる。また、イスラエル支持に撤する米国がイランへの経済制裁を強化するシナリオも十分に考えられ、経済制裁に苦しむイランはさらに苦境に立たされることになろう。そうなれば、そうなれば、若者たちの不満の矛先が米国やイスラエルだけでなくイラン政府へと向く恐れがあり、イラン政府はそれを一番警戒している。イランが自制に撤する背景には、こういった国内事情もある。 ◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。
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