障害者雇用は人的資本経営の試金石 あらゆる職場で「合理的配慮」を
2024年4月に障害者の法定雇用率が2.5%に引き上げられ、2026年7月からは2.7%になります。新たに障害者雇用義務の対象となる企業や、雇用数を増やす必要がある企業は、負担に感じているかもしれません。しかし、企業が障害者雇用に取り組むことは、単に法的義務を満たすだけにとどまらないメリットがあるといいます。障害者雇用の実務を研究し、社会福祉法人の代表として就労支援にも取り組む法政大学の眞保智子教授に、日本の障害者雇用の現状や課題、障害者雇用の推進が企業にもたらすメリットについてうかがいました。
障害者雇用数は過去最高も、障害種別によって差
――日本の障害者雇用の現状について教えてください。 厚生労働省が毎年6月1日時点で調査(通称:ロクイチ調査)している障害者雇用状況によると、民間企業で雇用されている障害者の数は20年連続で過去最高を更新しています。2023年度には初めて実雇用率が法定雇用率を上回りました。またハローワークによる障害者の職業紹介状況を見てみると、2023年度就職件数は11万756件と、コロナ禍前の2019年度(10万3163件)を上回り過去最高となりました。新規求職申込件数も24万9490件と最多です。 ただし、全体としては拡大傾向にあるものの、企業規模によって達成状況は異なります。2023年6月1日時点の法定雇用率達成企業の割合を規模別に見てみると、従業員数1000人規模の大企業は67.5%、500~1000人未満は52.4%と、いずれも50%を超えています。一方、100~300人未満は53.3%となりましたが、300~500人未満が46.9%、43.5~100人未満は47.2%と、法定雇用率を達成している企業は50%を下回っています。 大企業は余裕があるから、と思われるかもしれませんが、実は90年代までの障害者雇用は中小企業が支えていたのです。背景には経済成長に伴う人手不足がありました。当時と状況は異なりますが、現在も同じく人手不足で、さらなる人口減少はほぼ確実です。女性や高齢者の社会進出により働き手が増えている側面はありますが、能力も意欲も持つ障害のある方々と一緒に働ける社会をつくっていくことが、これからの日本には求められていると感じています。 中小企業の雇用率を上げていくことが課題となっていますが、他社の事例やノウハウを共有し、企業の悩みに寄り添った伴走型支援によって障害者雇用を推し進めることが可能だと思います。 ――障害種別ごとに、雇用状況の違いはあるのでしょうか。 障害種別で見ると、精神障害や発達障害のある方の雇用が著しく増えています。2023年度の就職件数は6万598件で、対前年比12.1%増。就職件数のうち精神障害者保健福祉手帳を所持している方が占める割合は、2013年度の38%に対して、2023年度は55%と10年間で大きく伸びました。身体障害のある方や知的障害のある方で、働く意欲と能力を持つ方の多くはすでに雇用されており、これから新たに雇用する場合は精神障害や発達障害のある方が中心になるでしょう。 一方、精神障害のある方は職場への定着に課題が指摘されています。厚生労働省の障害者雇用実態調査結果報告書によると、2018年度における身体障害のある方の勤続年数は平均10年2ヵ月、知的障害のある方は7年5ヵ月であるのに対して、精神障害のある方は3年2ヵ月となっています。 体調に波があり、勤怠が不安定になりやすいという特性が理由と捉えられることが多いのですが、私はむしろ職場環境の整え方やマネジメントの問題が大きいのではないかと感じています。大学教育を受けている方や難しい国家試験に受かっている方など、能力がある方は大勢います。そうした方々が能力を発揮できるように、障害のある方と話し合い、それぞれの特性に対して必要な調整や合理的配慮をすることが、職場やマネジャーに求められているのです。 ――身体障害者の方の現状や、抱える課題にはどのようなものがありますか。 障害の種類によって状況が異なります。例えば雇用されている視覚障害のある方は1万4000人ほどで、身体障害のある方の中では少ないほうです。雇用が難しいのではという企業側の先入観もあるかもしれません。 古くは、あん摩マッサージ指圧師や鍼灸師といった、いわゆる「三療」の仕事が視覚障害者の職業として確立していました。特別支援学校でもそういった仕事に向けて職業教育がなされており、国家資格を取得して活躍される方が多いため、現在でも企業側に「視覚障害者を雇用するならヘルスキーパー」という思い込みがあるのではないでしょうか。 ところが、視覚障害がある方は口頭でのコミュニケーション能力が非常に高い方が多く、テレホンアポインターやオペレーターなどの職種で活躍されています。IT技術が進み読み上げソフトの性能がかなり良くなっているため、事務職やソフトウエアエンジニアとして活躍される方も増えています。幅広い職種に目を向けることで雇用拡大につながるのです。 視覚障害のある方を採用するには、点字ブロックや点字表示案内など大がかりな設備を整えなければいけないと思われがちです。ただ、ホームセンターで売っているような床の配線保護カバーを利用して目印にするなど、ちょっとした工夫をしている企業もあります。もちろん本人の要望をヒアリングして環境調整する必要がありますが、大きな負担となる特別な準備が不要なケースも意外と多いのです。また、在宅勤務によって通勤の頻度が減れば移動の困難さは軽減されます。働けるポテンシャルがあるのに就業できていない視覚障害者はまだ多くいらっしゃるので、ぜひ雇用を拡大してほしいですね。 聴覚障害がある方は、コミュニケーション面で配慮が必要となります。聴覚障害は外見からはわかりづらい障害です。日常的なちょっとした雑談の輪に入りづらいといった状況は職場で孤立感を抱きやすく、うつ病などの二次障害を発症してしまう方もいます。研修時の手話通訳など聴覚障害のある方が情報を入手するために必要なサポートや、チャットや情報保障のためのコミュニケーションツールの利用、職場での手話学習会開催といったコミュニケーションを取りやすくする仕掛けなど、その方の特性に合致したフォローが定着の鍵となります。 下肢障害のある方はキャリア形成の実情があまり把握されていないことが課題です。障害がない人と同様の仕事ができるにもかかわらず、移動に困難があることからジョブローテーションに制約が生じ、キャリアが留め置かれている可能性があります。能力が発揮できる職種に配置したり、仕事の配分を変えたりすることで能力開発を促し、生産性を向上させることは、ご本人のキャリアにとっても企業にとっても重要です。 ――知的障害の方はいかがでしょうか? 知的障害のある方も、障害者雇用促進法で雇用が義務化されてから約25年間で仕事とのマッチングや雇用管理のノウハウが蓄積されました。企業が特別支援学校とパイプを築いており、職業教育課程に組み込まれている職場実習を通じて、採用につなげているケースが多いですね。 一方で長期的な就業に向けては課題もあります。知的障害がある方の雇用が進んでいるのはお金の管理や服薬、体調管理、生活のリズムを整えるなど、日常生活をサポートしてくれる人がいるから。保護者がその役割を担っていることが多いため、保護者の高齢化や万一の場合に生活をどうサポートするか、自治体や社会福祉サービスとの連携が重要です。