【マイルス・デイビス】ジャズの帝王が音楽にもたらした大変革とは!?
モダン・ジャズの帝王と呼ばれ、時代に沿った幅広い音楽性でファンを魅了したマイルス・デイビス。後の音楽シーンに多大な影響を及ぼし、多くの信奉者を生んだ彼のすごさは、いったいどんなところにあるのか。さて、モーリーはどう見ている?
僕は18歳の頃にメジャーデビューしているのですが、ある日、スタジオにハービー・ハンコックが遊びに来たことがありました。でも僕はジャズを知らなかったから、「あなたは誰?」と生意気な口をきいてしまった。その失敗が脳裏に焼きついて、以来なかなかハービーの音楽に近づけなかったんです。ところがコロナで家にいた時期、これまで避けてきた音楽を聴こうと思いたった。それでハービーの「カメレオン」を聴き、自分の機材で再現してみたんです。すると、すべての音がビバップの言語で和音として機能する。すごいと思いました。実はロック以降の音楽では、そうした系譜が途切れています。それでいろいろなロックを解析していくと、マイルスの『ビッチェズ・ブリュー』というアルバムに行き着くことがわかりました。 振り返ると、僕がこれまで避けてきた音楽は、すべてマイルスに行き着く。クインシー・ジョーンズやナイル・ロジャースを経由してね。シックの「グッド・タイムス」という曲も、いわゆる“ソー・ホワット”コードといわれるマイルスの手法が下地。「ソー・ホワット」という曲は、モーダルジャズというひとつの時代を作りました。それまでのジャズは和音が必ず4度進行で展開して解決するという、形式的なお約束が強い。雑なたとえだけど、フィギュアスケートに近いかな。技の採点基準が明確で、選択肢の少ない中で瞬間的に手を打っていく。それをぶち壊したのが「ソー・ホワット」です。妙な浮遊感やドライブ感があり、和音に制約されずに動きを出すという課題にドアを開きました。彼はすべてを理解したうえで変革をもたらしたんです。 マイルスは若い頃、ジュリアード音楽院で現代音楽を吸収しました。実際に白人の原理でジャズを再構築したような作品も作った。その後が「ソー・ホワット」ですね。ヨーロッパ的なものをジャズと融合し、黒人文化の中に限定されていたものを解き放った。ある意味、元祖フュージョンです。ジャズは長らく、社会にとってよくないものとされてきました。黒人が勝手にやるぶんにはいいが、白人がレコードを聴いて踊るのはダメ。そんな中でマイルスはスターになった。彼が〈フェラーリ〉を乗り回したのが'60年代初頭で、その後は急激にロックの時代がきます。社会状況が変わり、ジャズは淘汰され、年寄りが聴く音楽になってしまった。成熟した音楽理論ゆえに、白人の若者にはクラシックに聞こえたのかな。マイルスの客も次第に減っていきました。 それで彼はエレクトリックにいく。スライ・ストーンに影響を受け、その方向性をもう少し突きつめた。白人・黒人の融合バンド、エレキベースというフィールドに、マイルスがスッと入ってきたんです。これがヒットし、制作されたのが『ビッチェズ・ブリュー』。エレクトリック以降のマイルスは抽象画のように美しいけど、基本的にオチがなくて不可解。一方のハービーは、ジャズ初心者でも楽しめるものを作って大ヒットさせた。さらにマイルスが薬物の影響で引退している時期、ちょうど入れ替わるようにマイケル・ジャクソンの時代がきます。これらの音楽へのマイルスの影響は非常に大きく、現代にまで受け継がれています。 マイルスを誰に聴いてほしいかといえば、最新の音楽を楽しんでいる若い世代。その源泉を知ってもらいたい。つまり、僕と同じ轍を踏んじゃダメってことです。現代は音楽へのコミットが薄くなり、ノリやキャッチーさのほうが重視されています。ただ、元祖キャッチーはマイルス。今の音楽の様々な源泉であり、J-POPやアニソンにも影響しています。マイルスの曲を聴き、今の音楽と重ねたときに、考える機会が生まれるはず。曲を作る人や演奏者は特に、そういう体験をしておくと知識に芯が通ります。騙されたつもりで聴いてみてはどうでしょうか。