気鋭アートコレクターの自宅訪問。日本アート界に対して思うことを聞いた
――WHAT MUSEUMでは松山智一さんの作品も展示されていましたね。 「松山さんの作品はニューヨークのスタジオで見せていただいて。今、人気のシリーズ《Fictional Landscape》のたぶん最初期の作品で、現在に続く基本スタイルを確立した作品だったので、彼としても大事にされていて、ずっとNYの彼のスタジオに展示されていたものなんです。 2019年のマイアミビーチのArt Baselで会った時に、『今度は大きい作品、時間があるときでいいんでお願いします』みたいなことを伝えたら、翌日、『実はスタジオにコレがあるんですけど、どうですか?』って。でも、説明を聞いて彼にとっても非常に重要な作品であることがわかって、所有するのはちょっと重いなって思ってしまって(笑)。「それ、本当に僕でいいんですか?」って。まだコレクションはじめて1年の僕の何を見て譲ってくれると言ってるんだろうって思いつつ、結局、購入を決めました。 あの作品は彼の個展でもう何回も展示されていて、今後も展示の機会を作りたいと言ってくれたので、購入はしたものの、個展のたびに輸送するのも大変なのでそのままスタジオに預けていました。今回、展示することになってようやく日本に運びました。だから、日本で見たのはこの展覧会が初めてです。 アーティストにとって大事な作品を譲ってもいいと思っていただけることはコレクターとして光栄なんですが、いい意味で重たいというか、やはり責任は感じます。ちゃんと次世代に渡すためにきちんと保管しなければいけないし、引き受けた以上は、ちゃんとそれを見せる機会もつくらなければいけないと考えたりもします」
――WHAT MUSEUMでのスピーチで、日本ではアートを未来に残すことが難しいとおっしゃっていました。それは何故なのでしょうか? 「コレクターって、自分のリスクで作品を買っているんですよね。駆け出しの作家がいきなり美術館に入るわけはないので、作家が美術史的な評価を上げていくには、目が効く人やコレクターが作品を購入することで、その生活を支えて次の作品がつくれる機会をつくることが必要で、そうやって続けてきた制作活動が本物だったら、いつかは作品が美術館に入るという話です。 そうやって評価が上がるような人を見つけたとしても、税制の問題で言えば、その作品を美術館に寄付したところで金銭的なメリットがない。取得価格が税額控除されるくらいの話なんです。アメリカだと100万円で買った作品が1億円の評価になって、それを寄付したら1億円の税額控除を受けられるんです。かつ、それが5年くらい先まで繰り越せる。だからこそ、コレクターが目を凝らして伸びる作家を見つけて伸ばせば美術館への寄付を通じて金銭的なメリットを得られ、寄贈者としての名誉も得られるので、また次の作家を見出して、と循環していき美術館もコレクションを豊かにできるけど、こういう仕組みが日本にはない。 日本では100万円で買ったものを寄付したら100万円控除されるだけなので、作品を保管したコスト分マイナスになってしまい、少なくとも金銭的には寄付のインセンティブは働かない。しかし、作品をそのまま抱えてコレクターが死んでしまうと、もし作品の評価が上がっていた場合、相続税はその上がった評価に基づいて算定されて納税するように言われてしまう。こうなると、コレクターは自分が死ぬ前に泣く泣くコレクションを処分しないといけない。さもなければ、死後に、親族は慌てて相続税を払うためにコレクションを処分せざるを得なくなる。こうなると、足元を見られてバーゲンセール状態になってしまう。 いずれにせよ、コレクションをまとめて残すことは難しく、せっかくコレクターが集めたものがそうやって離散してしまうんです。もちろん、財団をつくるという手段もあるけど、それはそれで維持運営が大変ですし、美術館をつくるとなると更に難易度が上がってしまう訳で、そんな大変な仕事を遺族に残すためにアートを購入していた訳でもない。だからこそ、もっと違う形で、せっかく確立したコレクションが離散しないで日本に留まるような仕組みを、ちゃんとつくらないといけないと思うんです」