瀬戸際に立つASEAN経済、成長へのカギは製造業の生産性向上
本企画はASEANの専門家8賢人とWedge社編集部がチームアップし、ASEANの今とこれからを様々な切り口で論じていくシリーズである。筆者は主にASEANのマクロ経済動向に注目し、まずは、向こう半年程度の期間で、「成長」をキーワードにASEAN経済を整理・展望していく。 【画像】瀬戸際に立つASEAN経済、成長へのカギは製造業の生産性向上
途上国が直面する「早すぎる脱工業化」
前稿(『【成長から革新へ】ASEAN経済の成長を取り込みたいのであれば、スタートアップにも投資すべし ASEANの成長を考える(1)~グローバル工業化とデジタル化がけん引』)では、これまでのASEANの経済発展はグローバル工業化がけん引役となったことを確認した。 しかし、近年、グローバル化がむしろ途上国の工業化を衰退させ、成長の停滞を招くのではないかということを懸念する声がある。それは、2016年に経済学者のダニ・ロドリック(米ハーバード大教授)がモデル化・精緻化することで指摘した「早すぎる脱工業化」という問題である。 「早すぎる脱工業化」とは、途上国が先進国と比べて「低い所得水準」、「低い製造業比率(雇用者または国内総生産<GDP>に占める製造業の割合)」で、雇用・生産の両面において工業化がピークアウトしてしまう現象と定義される。 歴史的にみて脱工業化自体は珍しいものではない。先進国は経済が発展するにつれて、国民経済の中心を農林水産業から製造業、そしてサービス業へとシフトし、産業構造を高度化してきた。重要なのは、先進国が経験した脱工業化と現在の途上国が直面している脱工業化とではメカニズムが大きく異なることである。 先進国の場合、脱工業化のきっかけは製造業における技術革新とそれによる生産性の向上であった。これは、雇用面では製造業部門における労働投入量の節約効果をもたらし、多様化する消費者の需要に応えるためにサービス部門への労働力の移動を促した。生産面でも脱工業化は進んだが、製造品への需要が大きく減少するわけではないので、雇用に比べれば脱工業化のスピードは緩やかなものであった。 一方、グローバル経済における途上国は脱工業化を「輸入」する。先進国の製造業における技術革新や生産性の向上は製造品の国際価格を低下させる作用を持つ。途上国の製造業が同程度以上の技術革新や生産性向上によって価格競争力を保てない場合、国際間の価格競争に敗れ、雇用と生産の両面で急激な製造業比率の低下を生じさせることとなる。途上国の場合、脱工業化が進む前の所得水準や製造業比率は十分に高まっていない。このため、「早すぎる脱工業化」という現象が生じることとなる。 では、なぜ「早すぎる脱工業化」が問題なのであろうか。第1の理由は脱工業化が進んだ経済では、それ以前と比較して成長率が低下しやすいことにある。ペティ・クラークの法則に示されるように1国の経済の中心はその発展とともに、農林水産業から工業、そして、サービス業へと遷移していく。すなわち、脱工業化は経済のサービス化が進むことと同義である。一般に、製造業は規模の経済などを背景にサービス業と比べて生産性が向上しやすい。このため、労働や資本の投入量が同じであれば、サービス化の進んだ経済の方が成長率は低くなりやすい。 第2の理由として、サービス化の進んだ経済では「所得平等」、「雇用拡大」、「税負担の抑制(財政均衡)」の3つを同時に達成できないという「サービス経済のトリレンマ」に直面することがあげられる。国民の所得水準が十分に上がりきっていない状況下での成長の停滞と国民間での価値観の対立は社会の不安定化や長期的な視点に基づいた経済政策の実現困難、それによるさらなる成長鈍化を招来することになる。