瀬戸際に立つASEAN経済、成長へのカギは製造業の生産性向上
ASEANにも忍び寄る「早すぎる脱工業化」
さて、問題はこの「早すぎる脱工業化」がASEANにおいても深刻な問題か否かである。前出のロドリックは「早すぎる脱工業化」はサブサハラアフリカや南米において顕著で、アジアはこのリスクを回避できているとした。 図表1は所得水準(1人当たりGDP)と製造業比率、製造業の輸入浸透度、潜在成長率の関係を、ASEAN、サブサハラアフリカ、南米、南アジア、NIEsについてみたものである。輸入浸透度はある国や地域の市場にどの程度、国外や域外からの輸入品が流入しているかを示す指標で、潜在成長率はある国や地域の中長期的な成長率を表す。 ある地域が「早すぎる脱工業化」に陥っていれば、国際的な価格競争に負けた結果として、域外からの輸入が増加するため、製造業の輸入浸透度が上昇する。そして、それは所得水準や製造業比率が十分に高まっていない段階での製造業比率の低下を招き、サービス経済が到来することで潜在成長率は大きく低下することになる。 まず、はじめにサブサハラアフリカと南米についてみてみよう。サブサハラアフリカの製造業比率は80年代前半に2割弱まで上昇し、このときの1人当たりGDPは2500米ドルをやや上回る程度であった。 しかし、その後は低下傾向が続き、足元のひとりあたり国内総生産(GDP)は3000米ドル程度にもかかわらず、製造業比率は10%程度まで落ち込んでいる。これと連動するように、潜在成長率は1.5%程度まで低迷している。 また、南米も1人当たりGDPが5500米ドル前後であった70年代半ば以降、製造業比率は低下が続いている。 そして、それに伴って潜在成長率の低下が生じている。特に潜在成長率は17年以降1%を下回る水準となっており、地域の1人当たりGDPは1万米ドルを上回れずにいる。 この両地域における製造業の輸入浸透度は、データが確認できる99年以降だけを見ても大きく上昇しており、ロドリックのいうように「早すぎる脱工業化」を輸入したとみて間違いないであろう。 一方、NIEsは、サブサハラアフリカや南米とはいくつかの点で異なる。第1に製造業比率はほぼ一環して上昇しており、直近は25%弱となっている。第2に、輸入浸透度は上昇し、潜在成長率も低下しているが、その上昇や低下は、サブサハラアフリカや南米と比較して緩やかである。第3に地域の1人当たりGDPは70年代半ばの3000米ドル前後から順調に上昇し、20年代には3万米ドルと先進国水準に達している。NIEsにおける海外製造品の流入増や成長鈍化は、「早すぎる脱工業化」に直面していることを表しているというよりは、経済発展に沿ったものとみるのが妥当であろう。 では、ASEANはどうであろうか。製造業の輸入浸透度は21世紀入り後の全体的な傾向としては低下しているようにみえる。しかし、リーマン・ショック後に注目してみると、輸入浸透度は下げ止まりつつある。実際、業種別の推移とみると、「繊維・衣料・皮革関連製品」、「化学・非金属鉱物」「基礎金属・金属加工品」ではリーマン・ショック後に輸入浸透度が上昇している(図表2)。 「化学・非金属鉱物」と「基礎金属・金属加工物」の内訳では、特に「石炭・石油精製品」と「金属加工物」で上昇が顕著である。 ASEANでは所得水準の上昇に伴い輸入が大きく増加したが、製造業のグローバル・バリュー・チェーン(GVC)においてそれを補うほどには付加価値の高い工程への移行が進んでいない。例えば、本格的なモータリゼーションが到来したインドネシアやベトナムではガソリンや軽油に対する需要が急増し、インドネシアでは13年以降、ベトナムでは18年以降、原油ですら貿易収支が赤字へと転じた。これに対して、ASEANの主要な輸出産品である「繊維・衣料・皮革関連製品」では、最終製品の輸出は順調に増加したものの、糸や生地といった原料の大部分はいまだ中国からの輸入に依存しており、ASEANには比較的付加価値の低い縫製といった工程しか集積できていない。 足元の輸入浸透度の下げ止まりは、製造業比率にも下押しの圧力を与えている。ASEANの製造業比率は1人当たりGDPが2700米ドル付近でピークアウトしている。確かに、ピーク時の製造業比率は同じ程度の所得水準時のNIEsを大きく上回る水準であるほか、直近のNIEsの水準と比較しても大差ない。しかし、ピーク時の所得水準は、まだ、ピークに達していないNIEsと比べてはるかに低い水準である。これを受けて、10年頃には5%台半ばの水準にあった潜在成長率は、足元では3%強にまで落ち込んでいる。