ポルシェ「912」は「911」の廉価版? いいえ、空冷フラット4エンジンを搭載した、別の個性の傑作スポーツカーでした【旧車ソムリエ】
ポルシェの高精度・高品質と、ライトウェイトスポーツの爽快感を両立
そして、912の魅力をいっそう高めていると感じたのが、予想外に優れたハンドリングである。 ショートホイールベース時代のナロー911は、トリッキーな操縦性で知られるランチア「HFストラトス」よりもホイールベースが3cmほど長いにすぎないこと(2211mm)、あるいは、マグネシウムやアルミニウムなどの軽合金を多用しているとはいえ、やはりそれなりの重さがあるフラット6ユニットをリアエンドにぶら下げていることも相まって、コーナーワークには常にスピンを想定した緊張感を強いられる。 つまりは、筆者のごとくドライビングスキルが大したことないドライバーにとってすれば、コーナーの出口で完全に車体が真っすぐ前方を向いたことを確認しないと、怖くてなかなかスロットルを開けられないのだ。 いっぽうこちらの912は、パワー/トルクともに御しやすい範囲内にあるとともに、4気筒エンジン+補器類の絶対的重量が軽く、しかも前方に寄せて搭載されているせいか、コーナリングの最中でも、より安心してアクセルペダルを踏むことができる。 操作が正確で軽く、ピュアな手ごたえのステアリングも相まって、ライトウェイトスポーツカーのごとき爽快なアジリティを、しかも定評のある同時代のポルシェ911とまったく変わらない剛性感や精密感とともに味わえるのだ。 * * * ポルシェ912のあらましについて、本稿序盤では「911の廉価版」と安易に記してしまったものの、それは従来の文献をうのみにしてしまっていた筆者の誤り……。今回、極上の1台を存分に走らせる機会を得て、そう気づかされた。 ポルシェ912は、911と356の折衷型ではなく、もちろん911の廉価版などでもない。ほかの空冷ポルシェたちとはまったく異なる個性と魅力を携えた、1台の素晴らしい小型スポーツカーなのである。
武田公実(TAKEDA Hiromi)