国立劇場閉場1年、再開発が暗礁に 歌舞伎・中村萬壽氏「伝統芸能の死活問題」
「閉場してから1年以上たって進捗がない状態なのは、読みが浅かったと言わざるを得ない」 【関連画像】一刻も早い計画の進捗を希望する歌舞伎役者の中村萬壽氏(写真=的野 弘路) 女形の最高位「立女形」の一人、歌舞伎俳優の中村萬壽氏は国立劇場(東京・千代田)の現状を厳しく指摘する。 歌舞伎や文楽、日本舞踊などの伝統芸能の上演拠点となっていた国立劇場。設立から60年弱がたち、舞台を支えるレールにひびが入るなど、老朽化が見られるようになっていた。 そこで20年、ホテル併設などを含む再整備計画を発表。民間企業に建設や施設運営を委ねるPFI(民間資金を活用した社会資本整備)という手法が採用されている。 ところが、事業者選定の入札が2回連続で成立しなかった。1回目は誰も応札せず、2回目は応札事業者は現れたものの結局辞退された。11月29日、文部科学省は追加予算として200億円上乗せする案を出した。しかし、当初の入札予定価格が約800億円だったのに対してコスト上昇の影響で現在は約1400億円必要とみられており、200億円の増額で足りるかは疑問が残る。こうした予算面のハードルも事業者から敬遠される原因となっているようだ。 再開場の見通しが立たないことに、伝統芸能の実演家たちは危機感を募らせる。現在は暫定的に他の会場を使用しているが、歌舞伎や日本舞踊にとって、客席を縦断する花道は演出の重要な要素となる。しかし、一般的なホールには備わっていないことがほとんどだ。 中村氏は「歌舞伎は歌舞伎座など他の会場の選択肢がある。だが、日本舞踊の人たちに適した会場はかなり少ない。踊りを披露する場がないことは、死活問題だ」と語気を強める。このままでは伝統の継承にも悪影響が生じかねず、「どんな形でもいいから、一日でも早く方向性を示してほしい」(中村氏)と切望する。
不動産コンサルタント、さくら事務所(東京・渋谷)の長嶋修会長は、「今は建設側が圧倒的な売り手市場だ。建設会社にとっては、無理をしてまで国立劇場を受注する必要がない」と指摘する。人手不足の状況であることも影響しているという。「国立劇場ほどの大型案件をすぐに受けられる企業はかなり少ない」(長嶋氏) ●「次の入札がラストチャンス」 建材価格と人件費の上昇、人手不足が止まる気配はなく、事態は刻一刻と悪化していく。実演家などからは設備の部分改修で済ませる案も上がるが、国立劇場を運営する独立行政法人・日本芸術文化振興会(芸文振)は全面建て替えにこだわる姿勢を変えていない。 11月1日、芸文振は理事長名義で声明を公表した。「部分改修でしのぐとしても、大掛かりな舞台機構の取り換えなど、全面建て替えに匹敵する事業費や工事期間が必要になる」と、あくまで抜本的な対策が必要と強調している。 国立劇場の再整備について有識者検討会は「次の入札がラストチャンス」との危機感を示している。今後は必須としていたホテルの併設計画などを自由提案にするなど柔軟性を高め、何とか入札を成立させたい考えだ。(次回に続く)
齋藤 英香