「2回のチャンス」を生かせずにすり抜けていった全国初出場初勝利。寒川は新たに突き付けられた未来への宿題を「乗り越える」
[12.29 選手権1回戦 札幌大谷高 1-1 PK12-11 寒川高 柏の葉] 初めて挑んだ全国の晴れ舞台。ほとんど勝利は手に入り掛けていたと言っていいだろう。それでも得られなかった白星を、届かなかった歓喜の瞬間を、力強く手繰り寄せるための戦いが、またここから幕を開けたのだ。 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 「2回も勝つチャンスがあったんですけど、そういったところを逃すと、するりと勝利がすり抜けていくという勝負の怖さも思い知ったなということですね」(寒川高・岡田勝監督) 81人の部員で掴んだ選手権が教えてくれた、創部40年目から始まる未来への宿題。寒川高(香川)は得難い経験を胸に、次の目標に向かって立ちはだかる壁を乗り越えていく。 「やっぱり相手も本当に強くて、相手の方がボール支配率も高くて、チャンスも多い中で、(谷山)英悟と廣畑(寛汰)を中心に後ろが耐えてくれて、頑張ってくれましたね」。キャプテンを務めるMF伊藤瑛規(3年)は札幌大谷高(北海道)と激突した選手権の“デビュー戦”をそう振り返る。 立ち上がりは悪くなかった。FW冨澤快斗(3年)をターゲットにシンプルな長いボールを使いながら、2列目に並んだMF北井塁(3年)、MF田北海翔(3年)、MF三笠大地(3年)も選択肢は常に前へ。DF稲谷優人(2年)が2度の右ロングスローを投げ入れるなど、相手を押し込む時間を創出する。 ただ、少しずつ相手のパスワークが冴え始め、寒川は守勢に回る展開に。何度かチャンスを作られながらも、1つずつ丁寧に凌いでいくと、26分にはこの試合最初の決定機が訪れる。中央を伊藤がドリブルで運び、左へラストパス。マーカーを剥がした三笠のシュートは、カバーに飛び込んだ相手DFに阻まれるも、ボランチ起用の伊藤を生かした狙い通りのカウンターが炸裂する。 後半に入ると13分に先制を許し、以降も攻められる時間を強いられる中で、輝いたのは守護神のGK谷山英悟(3年)。後半だけで相手が作った4度の決定的なチャンスを、ことごとくファインセーブで回避。「決定機を4,5回作られていたのに、『決められたかな』というところを谷山が止めたり、ディフェンスに当たったりしていたので、ベンチの中では『これは来るぞ』と話していました」とは岡田勝監督。右から稲谷、廣畑、DF内野悠太郎(3年)、DF野尻佑磨(3年)を配した4バックも集中力を保ったまま、1点差で試合は最終盤に突入していく。 40+1分。少ないシュートシーンでも、かなりの確率で基点になっていたロングスローを、右から稲谷が投げ込むと、こぼれ球を途中出場のDF藤原康騎(2年)がプッシュ。ボールはゴールネットへ吸い込まれていく。「僕たちは負けていても前に、前に進んでいけるチーム。点を獲られても『逆転するぞ』という強い気持ちがあったので、追い付けたんだと思います」(伊藤)。 起死回生。土壇場からの生還劇。2回戦への進出権はPK戦で争われることになる。 「寒川さんもPKはかなり練習されているなという印象でした」と札幌大谷の清水隆行監督が話せば、「寒川さんもキッカーはみんな凄く上手でした」とは札幌大谷の守護神を任されているGK高路地琉葦。お互いに一歩も譲らない壮絶なPK戦が繰り広げられていく。 キッカーの順番はキャプテンが決めたそうだ。「『勝ちたい気持ちがあるヤツから行こうか』ということで、最終的には伊藤が順番を決めました」(岡田監督)「誰を選んでもいい中で自分がキッカーを選ばせてもらって、本当に幸せでしたし、自信を持って送り出すことができました」(伊藤)。寒川の円陣が解け、11メートルの戦いがスタートする。 「これまでの3年間を噛み締めながらPK戦をできたので、本当に気持ち良かったです。ちょっとさすがに長いなと思いましたけど(笑)」。伊藤がそう笑ったPK戦は、お互いのキッカーに1本のミスもなく、成功を続けていく。7人目までは全員がきっちり沈めた中で、先攻だった札幌大谷8人目のキックは枠外へ。寒川に絶好の勝機が訪れたものの、相手と歩調を合わせるかのように、8人目のキックはこちらも枠を外れてしまう。 札幌大谷12人目のキックは、守護神の谷山が完璧なセーブ。しかし、寒川12人目のキックはクロスバーの上に消える。2度訪れた『決めれば終わり』のPKを決め切れなかったチームに、勝利の女神は微笑まなかった。先攻の札幌大谷が成功して、迎えた寒川14人目のキックは左ポストを直撃。ほとんど掴みかけていた全国初勝利は、その手からするりとこぼれ落ちた。 「『よく頑張った』と言いました。廣畑は泣き崩れていましたけど、廣畑がいなかったらここまで来れていないので、ありがとうということは伝えたいですね」と岡田監督が語れば、「今までやるべきことをやってきたので、後悔はありません。最後は廣畑が外しましたけど、アイツがいなかったらここまで来れていないので、ありがとうという想いですね」とは伊藤。指揮官とキャプテンが同じようなフレーズを口にするあたりに、このチームの雰囲気が垣間見える。 それでも伊藤は「確かによくやったなと思うんですけど、僕たちは香川県を代表して全国に来ているので、やっぱり初戦に勝って、香川県の皆さんに良い報告をしたかったので、その部分では心残りはありますね。学校の歴史は作ったんですけど、まだまだやれた部分はあったと思います」ときっぱり。初戦突破の景色ははっきりと見えていただけに、心残りがないとは言い切れない。 寒川の応援スタンドがある側のゴール裏には、いくつものビッグフラッグが掲げられていた。『最後は人間性』『自ら学べ』『苦境に勝つ』。印象的なメッセージが並ぶ中で、一番前に陣取っていたのは『乗り越えろ』。これが今シーズン、2024年シーズンの寒川が定めたスローガンだ。 「アレはその学年の色を出しているんです。今年の学年はリーグ戦でも負けが込んだり、良い時でも先に失点してズルズル行ったりするところがあったんですけど、そういった時に、伊藤を中心に『乗り越えろ』という声が出ていたので、そのフレーズをそのままビッグフラッグにしました。あれは毎年毎年の3年生のスタイルです」(岡田監督) 乗り越える。この日の敗戦の言いようのない悔しさを。乗り越える。この日の敗戦で突き付けられた全国勝利という新たな壁を。 伊藤は試合後、チームメイトにこういうメッセージを送ったという。「『これで終わりじゃない』と。『これからの人生も今日のPK戦のように、あっという間に過ぎ去っていくから、今を大事に前に進んでいこう』ということと、新人戦がすぐ始まる下級生には『もう1回この場に帰ってこられるように、しっかり胸を張って帰ろう』ということは伝えました」。ここからはまたそれぞれが、自分の思い描いた未来に向かって歩き出していく。 「彼らは頼もしかったですね。僕も高校生に戻ったというか、青春をさせてもらっているなと。生徒たちには本当に感謝しています」。岡田監督が笑顔とともに口にした言葉は、偽りのない本心だろう。 ここから足を踏み入れていくのは、全国の舞台で勝ち切るための新たなステージ。青春の主役は、いつだって自分自身。寒川は壮絶なPK戦での敗退という得難い経験を胸に、次の大きな目標に向かって、目の前に立ちはだかる壁を乗り越えていく。 (取材・文 土屋雅史)