「コーヒー味のお吸い物」に愕然…日本のかつお節を"ヨーロッパの台所"に広めた東京・築地の3代目社長の執念
■世界唯一の製造方法にたどり着く それから毎日、機械メーカーの工場へ通った。薄暗い早朝から日が沈むまで。そもそも機械メーカーの工場では食品を扱わない。その場所に、カツオを持ち込み新品の機械を使わせてもらう。気まずかった。機械メーカーで働く従業員たちの視線を感じながらも、和田さんはひとり、試作に没頭した。頭の中で描いてきたベンゾピレンを出さないかつお節の製造プロセスを、形にしていく作業を繰り返す。 開始から2カ月後、試作品ができた。厳しい検査で知られるドイツの食品分析機関「ユーロフィン」へ提出。結果は、ベンゾピレン“ゼロ”と出た。 「やった! これならいける」。2014年6月、世界唯一となる、ベンゾピレンを発生させない新たなかつお節の製造方法を完成させた。 試作で使用した機械も新たに購入し、和田さんの計画通りに物事は進んでいた。あとはポーランドの新工場の完成を待つのみ。 しかし、ここに大きな落とし穴が潜んでいた。 「EU圏内での工場建設における規制があるのですが、国によって受けとり方が違ったんです。ポーランド保健省は、かなりチェックが厳しかった。例えば、英語で書かれた表記では『衛生的な排水溝をつけること』と比較的ざっくりしたものが多かったのですが、ポーランドの保健省は『排水溝はオールステンレスでつけること』などと細かく要求されました」 ■落とし穴から引き上げてくれた救いの手 そのため、工事はなかなか進まない。その間にも在庫は減り、取引先からは「かつお節を早く持ってきて」と催促の連絡がくる。何度も設計変更を余儀なくされ、見積もりが上がり、借金だけが増えていった。 「当初1億円以内で工場設備を整える予定が1億5000万円まで上がり、全部言われた通りにしたら下手すれば3億円ほどの出費になってしまう。これ以上は無理だ……と工事を途中で中断し、諦めることにしました」 そこに、救いの手が差し伸べられた。 うまく進まない工事の話を聞きつけ、スペインのビーゴにあるカツオの取引先の会社が、「スペインでやらないか」と声をかけてくれたのだ。スペインの許可を取るため、すぐにグダンスクからビーゴまで車を走らせた。ポーランドを背に、ドイツを通りフランスを抜け、3000kmの距離をひとりで運転した。 涙が止まらなかった。残ったのは、借金と口座に残った10万円にも満たない貯金。苦しかった。誰にも相談できなかった。 「偉そうにね。社長がひとりで乗り込んでいって失敗したとか、かっこ悪いじゃないですか。無駄なお金ばかり使って、何一つ形として残らなかった……」 当時を振り返りながら、和田さんは、デスクの上に乗っていた透明な箱を取り出した。 「ま、唯一コイツだけがポーランドでの収穫だったかな」 そう言って、初めて成功した試作第一号のかつお節を眺めて小さく笑った。 ポーランドでの挑戦は失敗に終わるも、ここから「和田久」は快進撃を見せる。