「再配達」のすれ違いが続き、荷物を受け取れないという悪夢のような話に…読書家の女優・南沢奈央が「騙されたと思って」読んでほしい一冊を解説
騙されたと思って
お正月休みにぼーっとしつつ短編でもさくっと読みたいなと手に取ったら、新年早々、やられた。ぼーっともできないし、さくっとも読めない。前のめりで夢中になって、一気読みしてしまった。20篇すべてが面白いという勢いに、もはや笑えてくる。 「騙されたと思って」という表現はあまり好きではないのだけど、今回ばかりは使わせてほしい。 みなさん、騙されたと思って開いてみてください。洛田二十日さんの『ダキョウソウ』。
放送作家として活動しながらショートショート作品を生み出している著者の発想とつかみは見事で、書き出しの一文を読んだだけでもう世界に引き込まれていく。たとえば冒頭に収録されている「ソファの隙間」の書き出しは、こうだ。 〈父がソファの隙間に消えて、はや二十年が経過した。〉 ソファの隙間に父が消える――? 突飛な始まりに驚かされながらも、あのソファの座面と背もたれの隙間のことかなと想像できる、この現実との絶妙な距離感に掴まれる。読んでいくとやはり、まさにそのソファの隙間に、少年だった主人公が色鉛筆を落としてしまい、取ろうとした父親が隙間に消えていってしまったという話だ。確かにあのソファの隙間の闇のことがちょっと怖かったことがあるなと思い出す。そして主人公も父親となった現在から、思いがけないラストが待ち受けている。不気味さを感じながら読んでいた分、最後には不思議と心があたたかくなっていた。 〈川が転校してきた。〉という始まりの一文がそのまま題となっている一篇も、初めから呆気にとられた。〈私〉の隣の席に座ることになった川。そこから二人(?)の関係性がどのように変化していくのか。これまた、まさかの展開に心を掴まれ、読後涙が出そうになる。 再配達のすれ違いが続き、いつまで経っても荷物を受け取ることができない“あるある”がベースになっている「再配達プリズン」は、進みに進むとこうなってしまうのかという悪夢を見ているようだったが、それでも最後には自分の存在を確かめるような、歪んでいるけれど前向きな光を見せてくれる。 他にも、目次を見ただけでそそられる作品の数々。「春、定年は飛ぶ」、「大崎(おおさき)駅でマッチョを追い返す」、「おっさんは犇(ひし)めく」、「私は万年筆になりたい」。これらはもちろんのこと、ぜひとも表題の「ダキョウソウ」の意も、本を開いて味わってほしい。
久々に、こんなに“読ませる”小説と出会った気がする。 突飛な設定に戸惑っている暇もなく、テンポのいい文章と小気味いい構成で、どんどんと物語を追ってしまう。というか、止められない。 普段本を読む人にも、あまり読まない人にも全力で薦めたいと思えるような、稀有な一冊だ。