最先端の統計手法を駆使し、データに基づいて感染症を制する 塩田佳代子さん
そこで、経済学の分野で使われていた合成コントロール法(Synthetic control method)という主要な変数(比較対照とする病気など)を見極めて重み付けする統計モデルを使ったり、それをさらに応用させたベイズ統計モデルを開発したりしました。これらのモデルを使ってワクチンを導入していなかった場合に肺炎球菌感染症にかかった子どもの数を推定し、実際の患者数と比較して「ワクチンを導入して約4500人の子どもの命が救われた」というように評価することができるようになりました。
―ワクチンを導入する前の臨床試験でも効果を確認しているはずですが、なぜ導入後の評価が必要なのか教えてください。
様々な理由があります。ワクチン導入前の臨床試験の多くは、高所得国で限られた集団に対して短期間で行われます。高所得国で得られたデータに基づいて、同じワクチンを低・中所得国に導入することがよくあるのですが、そのときに低・中所得国では効きにくくなることがあります。たとえば日本やアメリカでは85%の症例が減ったのに、同じワクチンをアフリカ諸国に導入したら10~40%しか減らなかった、ということもあります。
低・中所得国では低栄養状態の子どもが多かったり衛生状況が良くなかったりするために、生まれてから非常に多くのウイルスや細菌にさらされ続けているということも原因と考えられます。防弾チョッキを着ていれば1、2発の銃弾は防げますが、仮に100発打たれたら防ぎきれないようなものです。
また、同じワクチンを使っていると耐性を持つ変異株が出てくることもあります。本当に効き続けているのか、モニタリングすることも重要です。このとき開発した統計モデルを用いて、WHOと共同で中南米の20以上の国や地域でワクチンの評価をし、各国のワクチン政策につなげてきました。
責務を全うしながら、自分のやりたいことを追求する
―塩田さんの今後の抱負や研究への想いを教えてください。
直近の目標は、CDCが組織する数理モデルの研究機関・研究者の全米ネットワーク「インサイトネット」の一員としての責務を全うすることです。前回のコロナ禍に際しては国レベルの統制が十分ではなかったという反省に基づいて、将来のパンデミックに備えて、よりクリアにより早く、より協力して対応できるようにという取り組みです。非常時における政策決定や適切な情報発信に、数理モデルが適切に貢献できるようにしていきたいと思います。