九州豪雨で被災「歌うしょうゆ屋さん」再建した店に響く声…チャリティー公演、子ども食堂に寄付で恩返し
2020年7月の九州豪雨で被災した熊本県人吉市の「馬場醤油店」が、再建した店舗で7月から月1回、チャリティー公演を開いている。3代目店主の馬場貞至さん(67)は「歌うしょうゆ屋さん」として地域で知られている。公演では伸びやかな歌声を響かせ、「地元への恩返しをしたい」と誓う。(山之内大空) 【写真】球磨川の氾濫で浸水した熊本県人吉市の住宅地(2020年7月、読売機から)
9月18日夜、馬場醤油店に設けられた公演スペース。約25人を前に、馬場さんが妻・桂子さん(68)のピアノ伴奏にあわせ、自慢のテノールで滝廉太郎の「荒城の月」やシューマンの「月の夜」などを披露した。
参加費は1人1000円。全額を市内の子ども食堂に寄付する。鑑賞した市民(78)は「心が洗われた。馬場さんも災害に遭ったのに、ボランティアで寄付するのはすごいことだ」と話した。
馬場さんは幼い頃から歌が好きで、東京の大学を卒業後に25歳で帰郷。家業を手伝いながらプロに師事し、30歳で初のリサイタルを開いた。それから40年近く、地元での活動を中心に、オペラ公演やクルーズ船でのショーなどでも歌声を披露してきた。地元の合唱団の指導者を務めたこともある。
2020年7月の豪雨の日。店の2階に一人で寝ていた馬場さんは早朝、避難を促す家族からの電話で目を覚ました。そばを流れる球磨川が氾濫し、店への浸水が始まった。2階にも水が迫り、窓から隣の工場の屋根に逃げた。家族を含めて無事だったが、工場の設備は水や泥につかり、廃業も考えた。
店は1926年に創業した老舗。熊本市のしょうゆメーカーから仕入れ、加工したものを販売していた。甘みのある商品はどんな料理にも合うと地元で親しまれてきた。泥かきや片付けを続けていると、知人や常連客から「おたくのしょうゆじゃないと困る」「待ってるからやってよ」と声をかけられた。温かい言葉に背中を押され、「もう一回がんばるか」と再建を決意した。
工場は解体となったが、仕入れ先に協力を依頼。製造を委託し、2021年2月、人吉市内の仮設商店街で営業を再開した。恩返しを考えたとき、「音楽しかない」と思った。馬場さんは毎月市内を中心に仮設住宅を回って歌を届けた。