ノーベル賞候補の睡眠学者が教える 眠りの新常識と科学的快眠術
睡眠と覚醒を司る脳内の神経伝達物質「オレキシン」を発見して睡眠を制御する仕組みの解明に貢献し、副作用の少ない新しい不眠症治療薬の実用化につなげたことで知られる世界的睡眠学者の柳沢正史・筑波大学教授。ノーベル賞候補の呼び声も高い柳沢教授に、睡眠に関する巷説の真偽や寝不足がもたらす害、そして快適な眠りを得るための方法について聞いた。 (『中央公論』2024年9月号より抜粋)
わかってきたレム睡眠の重要性
――睡眠には脳が活発に動いて夢を見る「レム睡眠」と、脳がメンテナンス状態に入る「ノンレム睡眠」の2種類があり、一般にはレム睡眠は浅い眠りというイメージですが、どちらが大事なのでしょうか。 レム睡眠を単に浅い眠りと捉えるのは、大きな誤解です。ここ10年ほどで、ヒトを対象とする睡眠の疫学的研究がだいぶ進み、レム睡眠が心身の健康を保つために非常に重要であるということがはっきりわかってきました。 入眠すると、まずノンレム睡眠に入ります。このノンレム睡眠は深さの順にN1からN3までの3ステージにわかれているのですが、一番深いN3に達した後に、レム睡眠が訪れます。このノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルを何回か繰り返して、朝を迎えるわけです。 夜の前半は深いノンレム睡眠の時間が長いのですが、これは次第に短く、浅くなり、後半になるとレム睡眠の時間が増えていきます。 レム睡眠が足りていないと、たとえば高齢者においては明らかに平均余命が短くなるし、認知症のリスクも高まります。一晩の全睡眠時間のうち、レム睡眠の割合は平均20%くらいなのですが、それが1%減るごとに、向こう十数年間で認知症を発症するリスクが9%上がるというデータも出ています。夜の前半のノンレム睡眠と後半のレム睡眠、両方とも大切で、どちらも削っていいものではありません。
「90分の倍数で起床」は根拠なし
――ノンレム睡眠とレム睡眠の1サイクルが平均90分であることから、90分の倍数で起きると寝覚めがいいと言われています。 誰が言い出したのかわからないのですが、都市伝説に近い話だと思います。というのもノンレム睡眠とレム睡眠の1サイクルが平均すると約90分というところまでは正しいのですが、その90分という数字が独り歩きしてしまっている。 平均90分といっても、サイクルというのもおこがましいくらい、この数字は揺らぎます。同じ人の一晩の睡眠の中でも、たとえば1回目は1時間、2回目は2時間弱というふうに大きく変化するので、90分の倍数がうまくサイクルの区切りと重なるのか、全くあてにならないというのが一つ目の問題です。 それから二つ目の問題はもっと根本的で、ノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルの終わりごろに起きるとすっきり目が覚めるという話自体が、そもそもあまり根拠がないのですね。どの段階で起きるとすっきり目が覚めるのかというのは、実はまだよくわかっていない、難しい問題だというのが私の理解です。レム睡眠から起きても、不快な時は不快ですからね。一つだけはっきりしているのは、深睡眠と呼ばれるノンレム睡眠のN3ステージからいきなり起こされると、ほとんどの人が非常に不快に感じるということだけです。