和紙で創世、神話の世界 伊勢神宮のお膝元で人形作家・阿部夫美子さん遺作展
古事記を彩る神話の神々を表現した和紙人形を手がける三重県伊勢市の和紙人形作家、阿部夫美子(ふみこ)さんが今年4月、83歳で他界した。アマテラスオオミカミなどをまつる伊勢神宮のお膝元で生まれ育ち、「神様が見守ってくださっている」との思いで作品に向き合い続けた。遺作展が同神宮内宮(ないくう)近くの「おかげ横丁」で開かれ、今は天国から人々の心を照らしている。 【写真】震災への鎮魂と復興の願いが込められたツクヨミノミコト ■参拝しつつイメージ アマテラスオオミカミにヤマトヒメノミコト…。会場には、和紙で作られた優美な神々の人形が並ぶ。阿部さんがこれまで手がけた作品だ。 「ひなまつりの3月3日が誕生日。幼い頃から人形好きだった」という阿部さん。趣味から始めて本格的に人形作家に師事し、約50年間で手掛けたのは数百点に上る。伊勢神宮式年遷宮のクライマックス「遷御の儀」の作品が、皇學館大学神道博物館(伊勢市)で展示されるなど、多くの人に親しまれた。 古事記に登場する神々の容姿は詳細な記述がないこともあり、専門的に手掛ける人形作家は少ない。「伊勢神宮のそばで暮らす限りは自身の手で作りたい」と約30年前に神々の創作を始め、同神宮にお参りしながらイメージを膨らませた。 たとえば、朱や金など鮮やかな色彩の衣装の「アマテラスオオミカミ」。生前に「人類を包み込む母のよう。地底から湧きだすエネルギーを感じた」と語っていた。 創作に際し、「神様を作るときは畏(おそ)れ多いという気持ち」と、手を洗い清めてから取り掛かるのが常だった。阿部さんの長男、暖(だん)さん(54)は「母は神様の人形を作る際、雑念を払うためか深夜に和室にこもりきりだった」と振り返る。 ■東北への鎮魂の願い 会場で独特の存在感を放ち目を引くのは、アマテラスオオミカミの弟で月の神、ツクヨミノミコトだ。きらびやかな太陽神の姉に対し、澄んだ透明感のある雰囲気に仕上がっている。そこには、東日本大震災の犠牲者への鎮魂と復興への願いがあった。 平成23年3月11日午前、阿部さんはいつものように宮城県白石市の和紙工房に和紙を発注した。激しい揺れが東北を襲ったのはその数時間後のことだった。工房を案じながらも連絡をためらっていると、1週間後に電話があった。「家は壊れたが紙を作ることはできる。私たちにとって仕事をすることが支え。ぜひ作らせてください」。2週間後、丁寧にすかれた和紙が届いたという。