メソポタミアからローマ帝国まで、単独執筆の力業! 好評「地中海世界の歴史」の「古代文明」への新視点とは。
神々の「ささやき」と「沈黙」とは?
人間は、神をどのように意識してきたか――。この「神と人間の関係」が文明の変貌に大きく関係していると本村氏はいう。いわば「心性史」の視点を取り入れているのも、このシリーズの特長だ。 第1巻の『神々のささやく世界』はメソポタミア文明やエジプト文明を取り上げ、第2巻『沈黙する神々の帝国』はその後のオリエントに栄えた大帝国、アッシリアとペルシアの興亡を描いている。 「この2冊は、ぜひ同時に刊行したかったのです。というのは、この2冊の間に、非常に大きな文明の転換が起こっている。その変貌をぜひ読み取っていただきたいのです。」(本村氏) その「文明の転換」とは、「神々の声が聞こえなくなった」ということに大きく関係があるのではないかという。古代人の残した史料を虚心に読んできた本村氏には、「かつての人間には神々の声が、「気のせい」や幻聴ではなく、実際に聞こえていたんじゃないかと思えるんですね」というのだ。 ところが、アルファベットなどの文字が開発されて以降、神々の声が聞こえなくなってくる。「文字の発明」と「神々の沈黙」にどんな関係があるのか、史料的に証明することはできないが、この頃から、神の声を聞く能力を持った「預言者」が次々と現れ、また、多くの人間集団を従える強大な権力も誕生してくる。最初の「世界帝国」と言われるアッシリアやペルシアでの人類の経験は、のちのローマ帝国にも息づいているという。 つづく第3巻『白熱する人間たちの都市』が描くのは、エーゲ海とギリシアの文明だ。「神々の世界」から、人間が歴史の主役になってくる。 「ギリシアの英雄叙事詩『オデュッセイア』には、神々を恐れず自分の意志で行動する人間が描かれます。もちろん、ギリシア人がみなそうだったというわけではなく、そういうオデュッセウスのような人物が、ギリシア世界の先頭を切っていたということでしょうか。」(本村氏) ここで生まれた理知的な文明の中で、現代につづく自然科学や、民主政、自治といった政治体制と思想も誕生してくる。 「しかし、当時の人々が、現代人と同じように都市の自由や民主政を享受していたかといえば、そうではない。とくに考えさせられるのが、奴隷の存在です。プラトンやアリストテレスでさえ、「自然による奴隷」すなわち奴隷を生まれながらの存在として容認しているのです。そんなところに、古代社会の深淵を覗き見るような思いがしますね。」(本村氏) 最新刊の第4巻『辺境の王朝と英雄』は、アレクサンドロス大王の東征とその後のヘレニズム時代がテーマとなるが、この時代は、従来の歴史シリーズではギリシアとローマに挟まれた「文明の過渡期」といった捉え方が多かった。 「しかし実は、ヘレニズムというのは、世界が一体化した「最初のグローバリズム」であり、おそらく経済的にも豊かで、アレクサンドリアやペルガモンなど各地で先進的な文化が発達した時代だったのだと思います。特に重要なのは、ギリシア語が共通語として使用される中で、各地に新たな神々が生まれてくるのです。」(本村氏) こうした視点から、この第4巻の「ヘレニズム文明」は「特に1巻を設けたかった」(本村氏)という異色作だ。 1月に刊行予定の第5巻からの4冊は、いよいよローマ文明だ。本村氏は「4000年の文明史を見通したとき、文明はどのような変貌をとげているのか、じっくり考えていきたいと思います。」という。 ※さらに全8巻の読みどころは、著者インタビュー〈前編〉〈後編〉を、関連記事〈アフガンで発見された謎の「左足の断片」。見過ごされてきた古代文明は、人類最初のグローバリズムだった!〉も、ぜひお読みください。
学術文庫&選書メチエ編集部