想像以上だった生態系クラッシュ──「水辺の外来種のラスボス」アメリカザリガニとの終わりなき戦い
できることは二つ。一つは、これ以上生息域を広げないこと。もう一つは、小さな水辺にターゲットを絞って駆除活動を継続することだ。そうした場所でも根絶は極めて難しい。魚類は水抜きをすれば根絶は可能だが、アメリカザリガニは水抜きをしても穴を掘ってその中で何カ月も生き永らえるし、陸を自力で移動することもできる。現実的なのは、低密度管理である。苅部は言う。 「局所ですけど、駆除を続ければ、生態系は確実に戻ってくる。ただ、アメリカザリガニは生きている限り繁殖をやめないので、気を緩めるとすぐリバウンドしてしまう。低密度管理は終わりのない戦いなんです」 苅部いわく、日本は「ザリガニ駆除先進国」だという。とはいえ、現状では人海戦術に頼るしかない。ただ、協力者の高齢化などによる人手不足で、活動が途絶えてしまった地域も少なくないという。 マンパワー頼みではすでに限界は見えている。外来種問題の研究者は、ウナギやライギョなど、ザリガニを捕食し、かつ他の生物に極力悪影響を及ばさない種による生物間相互作用などの将来的な活用も視野に検討を始めているが、まだ未知数な点も多く、実施には至っていない。 苅部はため息とともに言葉を吐き出す。 「よりによって、なんでアメリカザリガニだったんですかね。持ち込んだ人に悪気はなかったんでしょうけど、ほんと、彼らさえいなければ……って思いますよ」 愚痴りながらも、苅部は誰よりもわかっている。たとえ気が遠くなるような道のりであっても、人類が犯したミスは人類が少しずつ修正するしかない。 --- 中村計(なかむら・けい) 1973年、千葉県船橋市生まれ。ノンフィクションライター。『甲子園が割れた日 松井秀喜 5連続敬遠の真実』(新潮社)で第18回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧幻の三連覇』(集英社)で第39回講談社ノンフィクション賞を受賞。2022年4月まで『週刊文春』誌上で連載した「笑い神 M-1、その純情と狂気」が第28回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞。同連載はこの秋に書籍化する予定。好きな生物の鳴き声ベスト3はヒグラシ、カジカガエル、アカショウビン。