2度目の挑戦–「月への宅配便」ビジネスの先を見据えるispaceの現在地
ispace(東京都中央区)が進める月探査計画「HAKUTO-R」のミッション2「SMBC×HAKUTO-R VENTURE MOON」は1月15日に打ち上げられる予定だ。打ち上げられてから4カ月半後に着陸船(ランダー)「RESILIENCE」(レジリエンス、「回復力」「復元力」という意味)が月に着陸する。 RESILIENCEで月まで運ばれる貨物(ペイロード)は、HAKUTO-Rのコーポレートパートナーである高砂熱学工業の月面用水電解装置、ユーグレナの月面環境での食料生産実験を目指した自己完結型のモジュール、台湾の国立中央大学 宇宙科学工学科が開発する深宇宙放射線プローブ、バンダイナムコ研究所の「GOI宇宙世紀憲章プレート」、スウェーデンを拠点とするアーティストであるMikael Genberg氏が取り組む「ムーンハウス」などだ。 ミッション1でもさまざまなペイロードを搭載していたが、今回のミッション2では、ispaceの欧州法人ispace EUROPEが独自に設計、製造した小型探査車(マイクロローバー)「TENACIOUS」(テナシアス、「粘り強い」という意味)も搭載される。 前回と同様にミッション2では、着陸時に舞い上がってランダーの脚に堆積する月面の砂(レゴリス)の所有権を米航空宇宙局(NASA)に譲渡する。ミッション2では、TENACIOUSに搭載されたスコップで採取、撮影するレゴリスの所有権もNASAに譲渡する(RESILIENCEのレゴリスは日本本社が、TENACIOUSのレゴリスは欧州法人がそれぞれNASAと契約している)。 ミッション2でもマイルストーンを設定 今回のミッション2は、前回のミッション1と同様に月面に着陸するまでの10段階のマイルストーンが設定しており、マイルストーンごとの成功基準(サクセスクライテリア)を決めている。ミッション1と同様にミッションに途中で課題が発生しても、その事象だけを捉えて、単なる失敗と評価しないという考えがあるからだ。 サクセス 1=打ち上げ準備の完了(-2~3日前) ランダーすべての開発工程の完了 打ち上げロケットへの搭載完了 世界のさまざまな地域で柔軟にランダーを組み立てられる能力を実証 サクセス 2=打ち上げと分離の完了(+1時間後) ロケットからランダーの分離完了 ランダーの構造が打ち上げ時の過酷な条件に耐えられること、設計の妥当性を再確認するとともに将来の開発やミッションに向けたデータを収集 サクセス 3=安定した航行状態の確立(+数時間後) ランダーと管制室の通信を確立し、姿勢の安定を確認するとともに軌道上での安定した電源供給を確立 サクセス 4=初回軌道制御マヌーバの完了(+1~2日後) 初回の軌道制御マヌーバを実施、ランダーを予定軌道に投入 サクセス 5=月スイングバイの完了(+1カ月後) 打ち上げ後1カ月で月スイングバイを完了 深宇宙航行を開始 サクセス 6=月周回軌道投入(Lunar Orbit Insertion:LOI)前にすべての深宇宙軌道制御マヌーバの完了(+3~3.5カ月後) 太陽の重力を利用したすべての深宇宙軌道制御マヌーバを完了し、月周回軌道投入マヌーバの準備を完了 深宇宙でのランダー運用能力と航行軌道計画を再実証 サクセス 7=月周回軌道への到達(+4カ月後) 最初の月周回軌道投入マヌーバによるランダーのLOI完了 ランダーとペイロードを月周回軌道に投入する能力を再実証 サクセス 8=月周回軌道上でのすべての軌道制御マヌーバの完了(+4.5カ月後) 着陸シーケンスの前に計画されているすべての月軌道制御マヌーバを完了 ランダーが着陸シーケンスの開始準備ができていることを実証 サクセス 9=月着陸の完了(+4.5カ月後) 月面着陸を完了させ、今後のミッションに向けた着陸能力を実証 サクセス10=月着陸後の安定状態の確立(+4.5カ月後) 着陸後の月面での安定した通信と電力確保を確立 ミッション2で前回と異なるのが、月着陸後の「アチーブメント」も設定していることだ。 ベンチャー1=ペイロード運用の開始 ペイロードシステムの安定状態を確認し、電力供給、通信、熱管理を行いながら、月面での運用を開始 ベンチャー2=ローバー展開 マイクロローバーの安定状態を確認し、月面に展開 ベンチャー3=ローバーの月面走行と通信の確立 マイクロローバーの太陽電池パネルとアンテナを展開 月面での自立走行を開始し、マイクロローバーとランダーの通信を確立 ベンチャー4=ローバー搭載スコップでレゴリスを採取 マイクロローバーに搭載されたスコップでレゴリスを採取したことを確認 NASAとの契約での第1段階、レゴリス採取を完了 ベンチャー5=すべてのペイロードの運用完了 ランダーとペイロードに搭載したすべてのペイロードの月面運用を完了 競合との相乗りへの思いは? 今回のミッション2、VENTURE MOONも前回と同様にSpace Exploration Technologies(SpaceX)のロケット「Falcon 9」で打ち上げられる。しかし、VENTURE MOONで前回と大きく異なるのが、ispaceと同じく月着陸を目指す米Firefly Aerospaceのランダー「Blue Ghost」と相乗り(ライドシェア)して打ち上げられることだ。 RESILIENCEとBlue Ghostが相乗りで打ち上げられることをどう思っているのか? 取材に対してispaceの取締役で最高財務責任者(CFO)を務める野崎順平氏は、Blue Ghostとの相乗りを「最初に聞いたときは複雑な思い」だったという。直接的ではないにせよ、ビジネスとしての関係では競合であるからだ。 しかし、今回の相乗りは、月を「産業として捉える機会が盛り上がっている」(野崎氏)ことの証左として受け取ることもできる。言い方を変えれば、月ビジネスが大きくなり始めているとも表現できる。 FireflyのBlue Ghostは、NASAが月までのペイロード輸送を企業に有償で委託する「商業月面輸送サービス」(CLPS)の一環として打ち上げられる。Fireflyにとって初めての月着陸ミッションになる「Ghost Riders in the Sky」に搭載されるペイロードは、「Lunar Environment Heliospheric X-ray Imager(LEXI)」や「Stereo Cameras for Lunar Plume-Surface Studies(SCALPSS)」などNASAが主導する10の観測機器や技術実証機などだ。 FireflyだけがCLPSに選ばれたわけではない。2024年1月に打ち上げられたAstrobotic Technologyのランダー「Peregrine」、同年2月に打ち上げられたIntuitive Machinesのランダー「Odysseus」もCLPSとして進められた(Peregrineは推進剤の漏洩から月着陸を断念。Odysseusは無事着陸して、世界で初めて月着陸に成功した企業という称号を得ている)。AstroboticやIntuitive Machines、Fireflyの3社以外に、Blue OriginやCeres Robotics、Lockheed Martin Spaceなど計14社がCLPSとしてランダーの開発、製造を進めている。 つまり、今回のRESILIENCEとBlue Ghostのように、月着陸を目指す企業のランダーが相乗りで打ち上げられる事態が増えてくる可能性は今後十分にあり得る(同様に日本の基幹ロケット「H3」で日本企業が開発、製造するランダーが打ち上げられるという未来がやって来るかもしれない)。 「シスルナ経済圏」構築で一歩 2014年設立のロケットスタートアップであるFireflyは当初、小型ロケット「Alpha」の開発を進めた後に現在は中型ロケット「Medium Launch Vehicle(MLV)」の開発に加えてBlue Ghostや軌道間輸送サービスなどを提供する「Elytra」の開発を進めるなど、事業領域を拡大させている。これは、ロケット以外の宇宙機を開発するという垂直統合戦略と考えることができる。 対するispace(設立は2010年)は月専業と表現できる。ミッション2であるVENTURE MOONとは別にすでにミッション3~6が進行中だ。 VENTURE MOONの後に控えるミッション3は、ispaceの米法人ispace technologies U.S.(ispace US)がランダーの開発を進めており、2026年の打ち上げが予定されている。 ミッション3がこれまでと異なるのは、ispace USはCLPSとして米Charles Stark Draper Laboratory(Draper、米マサチューセッツ州)を代表にした企業グループ「Team Draper」に参加するということだ。ispace USはTeam Draperの一員としてランダーの設計と製造、ミッション全体の運用などを担当する(CLPSはNASAが米企業と契約することが前提になっているため)。 Draperが代表として進められる月着陸ミッション「APEX 1.0」では、CLPSであるためNASAから委託された観測機器や技術実証機を月まで運ぶ。これとは別に、ispace USが2機の通信中継衛星を活用することが発表されている。2機の通信中継衛星は、APEX 1.0のランダーが月に着陸する前に月を周回する軌道に投入される計画となっている。 APEX 1.0の主な目的である科学観測などが完了した後も数年間、2機は月周回軌道上に留まる計画。月面や月を周回する軌道上で衛星に搭載されたペイロードで収集されたデータを顧客に提供するだけでなく、データを処理、統合することで将来的な月ミッションの実現や強化への貢献を期待できるとしている。 2機の通信中継衛星は、極域を起点に月のほぼ全球をカバーする、円形に近い形で高高度で月の極軌道を周回する「高円極軌道(High Circular Polar Orbit:HCPO)」を航行する。この軌道を周回することで、7割近くの南極域と地球の間の通信が可能となり、より貴重なデータサービスの利用機会を顧客に提供できるという。 ランダーの製造と運用で「月までの宅配便」ビジネスを進めるispaceだが、通信中継衛星を運用することで、同社が狙う、地球と月の間の空間(Cislunar)で密接な経済関係が成り立つ「シスルナ経済圏」の構築を進めている。 RESILIENCEはミッション1と低エネルギー遷移軌道で打ち上げてから4.5カ月後に月に着陸する予定。Blue Ghostは約45日後に月に到達する予定。
田中好伸(編集部)