千葉ロッテ・吉井理人監督が語る、選手が「臆さずに意見を言える環境」を作る重要性
チームの思考を活性化させる
チームには、さまざまな分野に従事する人が集まる。専門分野では一流の仕事ができる人たちである。彼らの意見を監督が集約し、自分の考えに反映させるのは当然のことだろう。 しかし、それだけではまだ偏りは払しょくできない。それぞれの分野のプロフェッショナルが、ほかの領域についても考えることで、新たな意見が生まれる。その斬新な考えを監督が取り入れ、熟考することで、新しい何かが生まれる可能性がある。 だが、多くの人は、ほかの領域に対して、その領域の専門家と同じようなレベルで知識や経験を持たない。だから、専門分野以外の領域に踏み込むことを躊躇する。反対に、自らの専門分野を侵犯されることも、極端に嫌がる。その結果、自分の専門領域以外のことについて思考を巡らすことがなくなっていく。 これでは、新たな意見は生まれない。監督がやるべきことは、知識や思考のレベルの違いがあったとしても、臆さずに意見を言える環境を構築することである。チームを強くするために、専門家と専門外の人が意見を戦わせるようになれば、チームの思考が活性化するだけでなく、さまざまな選択肢が増え、選手にとってのメリットが生まれる。 もちろん、素人が専門家に直接意見をするのは避けたほうがいい場合もある。そのときは監督が間に入って意見を集約し、チームの戦略や戦術に反映させればいい。 これを実現するために私が実行したのが、「シーズン前の全体ミーティング」である。チームの課題について、領域の垣根を取り払って意見を出し合って方針を決めていった。
チームを一度壊さないと新しいものは生まれない
このミーティングを開くときに参考にしたのが『システム×デザイン思考で世界を変える』(日経BP)という本である。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授が書かれたもので、物事をつくり上げていくためには、データと経験をうまくミックスさせて新しい思考を生み出さなければならないと説いている。 この本を知り合いの医師の方にいただき、読んでみて共感を覚えた。さまざまな人の意見が聞けて、みんなで課題について話し合えれば、斬新で効果的な意見が出てくるかもしれない。野球をやったことがない栄養士の女性に、2022年のチームの反省点や課題について聞いたら、野球経験者にとって新たな気づきがあるかもしれない。 そもそも、同じことを繰り返していてもチームは同じようにしか進まない。私は、監督就任とともにチームを壊してやろうと思った。チームを一度壊さない限り、新しいものは生まれない。常勝チームに生まれ変わるきっかけがつかめないと思ったからだ。 ただ、いきなり壊しにかかるのはあまりにも乱暴すぎる。そこで、まずは従来関わったことがなかった人の意見を聞き、そこから方針を決めようと考えた。むろん、監督の強権と独断でやろうと思えばできる。しかしそれでは、ただ壊しているだけになってしまう。生産的な壊し方をするには、さまざまな人のさまざまな意見を聞き、そこから新しい考えを引き出していくのが効果的だと理解していた。 言うまでもなく、監督である私の考えもある。監督として、これまでの人と違う色を出したいという思いもある。何かを残したいという欲望もある。ピッチングコーチ時代もそう思うことがあった。 だが、それでは選手がハッピーにならないことに気づいた。だからこそ、選手のため、チームのためになり、なおかつ新しいことを見つけたい。そのひとつの方法が、さまざまな人の意見を聞き、みんなで話し合って決めていくやり方である。 もちろん、私が考えていたものと違う方向に行ってしまうこともある。その場合は、みんなで決めたからといって鵜呑みにする必要もない。もう一度自分で考え、それでも納得できなければ、再びみんなに提案する。 「いろいろ考えたけれど、私はこう思う。どうかな?」 それでもみんなの意見と自分の意見が異なれば、自分の方向を変えるかもしれない。あるいは、自分の考えで最終決断するかもしれない。 重要なのは、さまざまな人の頭を通じて、意見を揉んでいくことだ。ひとりの頭で揉むより、大勢の人の頭で揉んだほうが、意見は成熟していく。偏りもなくなる。監督ひとりの考えは、多くの人の知恵を集めた意見にはとてもかなわない。