伝説の左腕、江夏氏が臨時コーチで阪神復帰!
阪神が来春のキャンプに臨時コーチとして球団OBの江夏豊氏(66)を招聘するプランを進めていることが15日までにTHE PAGEの取材で明らかになった。 江夏氏は、1988年の春季キャンプで故・村山実監督にブルペンに呼ばれ、当時、仲田幸司ら若手投手にアドバイスを送ったことがあったが、正式な臨時コーチとしての招聘となると初だ。1979年に南海(現ソフトバンク)へトレードで放出されてから、実に36年ぶりの“阪神復帰”となる。まだ細かい参加期間などは未定だが、沖縄の宜野座キャンプに招聘する予定で、球団サイドは、技術的なアドバイスだけでなく、その深いピッチング哲学や、江夏氏が醸し出す独特のオーラが現場に緊張感という名の糸を張り巡らせてもらうことを期待している。 和田豊監督の続投を決めた阪神は、今秋のキャンプに広島OBの大野豊氏を呼び、若手左腕へのアドバイスを求めたが、チームの空気を変え、外からの目線で助言を受けるという意味でも、非常に新鮮で好評だった。 その大野氏は仕事の関係で春季キャンプには参加できないため、さらにチームの底上げをはかり、活気と刺激を与えるため、適任な臨時コーチを探していたが、ここにきて阪神のレジェントとも言える大物OBの江夏氏が浮上。すでに球団関係者が江夏氏自身に内々に打診をして内諾を得ているという。
江夏氏は、1966年にドラフト1位で阪神に入団すると左腕エースとして数々の記録を打ち立ててきた。シーズン401奪三振の日本記録は、今なお破られていない。1971年のオールスターで成し遂げた9連続三振は、空前絶後の伝説的な記録。1976年に南海(現ソフトバンク)へトレードされてからは、当時監督だった野村克也氏の薦めでリリーフに転向。新境地を開き、その後、広島、日ハム、西武と、“優勝請負人”としてチームを渡り歩いた。1979年、広島時代に近鉄との日本シリーズで1点リードの9回に無死満塁のピンチを切り抜けたドラマは『江夏の21球』として語り継がれている。 晩年は、ストレートのスピードはなくなっていたが、速く見せる技術と変化球のキレ、相手の心理を読むという高度なピッチング術を駆使して数々のピンチを乗り切ってきた。打者目線で「打ちにくい」と、感じさせる細かいプロのテクニックや、心理面での駆け引き、心構えなどにも独特のプロフェッショナル理論がある。 江夏氏は、日本球界を離れた後、メジャーリーグに挑戦して、サムライとしてキャンプを沸かせたが、結局、開幕直前でリリースされ、プロ18年で206勝、193セーブの成績を残し36歳で引退することになった。引退後も、評論家活動は、阪神を中心に行い、OB戦などでも必ずタイガースの縦じまユニホームに背番号「28」をつけて登場する。それだけ強い愛着のあるチームだけに、コメントや評論などは辛口だが、野村克也氏が、一目おくほどの鋭い“野球眼”を持っている。一匹狼のイメージが強いが、日ハムの元監督だった故・大沢啓二氏が、その指導力と熱心さに目をつけて春季キャンプに臨時コーチで招聘したこともあった。