教師から性暴力、34年後の勝訴 「重い扉」開けた男性の願い
「原告の人生を破壊」判決で認められる
今年5月、松戸簡易裁判所で裁判が始まり、口頭弁論が3回開かれた。だが、Aは一切姿を見せなかった。代わりに便箋に鉛筆書きした粗雑な答弁書を提出して、奪った下着についてこう弁明した。 「転居のさい焼却炉で燃やしたため、『ない』です」 「『もらっていい?』とたずねていて、本人はうなずいていたので、『無理やり』とは……(内心、いやだと思っていたのでしょう)」 栗栖さんは「出廷せず、逃げるばかりで何を考えているのか」と呆れた。準備書面で具体的に中学時代のわいせつ行為について書いた。それはAにとって重大な暴露であるため、栗栖さんは争点になるかと身構えていた。だが、Aはその点については、まったく争ってこなかった。 「争わないということは被告側が認めていると解されるので、普通ならあえて判決文には書かないそうです。ただ、裁判官は、私が下着そのものより事実認定を重視していると察したようで『中学時代のことも認定したほうがいいか』と尋ねてくれました」 9月、判決が出た。主文は、「被告は、原告に対し、白色の男性用ブリーフ1枚(略)を引き渡せ」。その下には、5ページにわたる「事実及び理由」が付された。わいせつ行為などの事実だけでなく、栗栖さんが長年抱えてきた苦悩が認められていた。 【被告によるスクールセクハラ行為は、原告が人生で様々な幸福な経験をする機会を奪い、原告の人生を破壊した】
Aが控訴することはなく、判決は同月確定した。確定後、筆者はAの主張を聞こうと自宅を2度訪ね、手紙を送ったが、返答はなかった。 松戸市教委は、今回の判決を受けて「原告の方は、身体的にも精神的にも非常におつらい思いをされたと承知している。今後の対応については県と協議してご本人にお伝えしたい」と取材に応じた。栗栖さんへの謝罪はまだだが、Aには再調査依頼を送付したという。
松戸市では今年、市立小学校内で男性教師が女児の体育館靴に体液をかけ、器物損壊容疑で逮捕される事件が起きている。栗栖さんは、30年あまり前の自分の事件の反省が生かされていないと懸念する。 「なぜAが夜遅くまで生徒を残すことが許されていたのか。市教委がそうした学校環境の検証を行わないと、第2、第3のAが出てきてしまいます。私も自分の体験から学んだことを社会に役立てられるよう、松戸市だけでなく求めがあれば共有したい。判決が出たから終わりではなく、子どもたちを守るために立場を超えて学び合えるようになれば理想的です」 栗栖さんの体調の波は、判決確定後に落ち着いてきた。子どもだけでなく、広く社会のセクハラやパワハラを改善していくため、新たに社会保険労務士などの資格を取得することを考えているという。