「言葉にできない思いを抱えている人がいる」――遺族と向き合った研究者が語る、震災から10年 #あれから私は
父を失った20歳の男性のメッセージ
金菱:『永訣』の最初に登場する20歳の男性は、小学4年生のとき、福島県の相馬市役所で働いていた父を津波で亡くしました。彼が手紙でもっとも強く過去の自分に訴えているのが、お父さんへのメッセージです。それも「朝ごはんの目玉焼き、今までで一番おいしかったよ。行ってきます」という、なにごともなく生活が続いていれば記憶にも残らない言葉でした。言えなかったことを後悔しながら、目玉焼きのおいしさを懐かしく思い出し、反すうしているのです。 藤田:手紙でも夢の話でも何気ない生活のシーンを語る人が多く、そういう話を聞くと、僕たちも日常の見え方が変わってきますね。 金菱:ただ、よい思い出に変わってきた人ばかりではありません。今年、河北新報社と共同でアンケート調査をしたところ、ご遺体が見つからず、精神的な喪の儀式が済んでおられない行方不明のご家族では、過去を懐かしく感じたり、愛おしく思えたりする段階に至っていない方が多かったのです。ある人は「毎日、お墓参りをしても、何も入っていないのがつらい。亡くなったのだろうと諦める日もあれば、きっと帰ってくると希望を持つ日もあり、堂々めぐりをしている」と答えていました。 行方不明者のご家族は、死を認めることもできない「曖昧な喪失」の状態にあります。その方たちに、「10年も経ったのだから」といった客観的な死の説明は、意味をなしません。死を受容するための何らかの物語が必要なのです。そして、その物語は、たとえ同じ家族でも、個々で違う「腑に落ちる」感覚を積み重ね、現実とは異なる時間の流れのなかで、ゆっくりと熟成されていくことになるのだと思います。
心に響く孤独に耐える作法
震災の犠牲は、昨年末の時点で死者が1万5899人、行方不明者は2527人になる。今年1月、金菱さんは「のこされた人と死者とのつながり」に焦点をあてた朝日新聞のインタビューを受け、幽霊や手紙、夢を通じた被災者と死者との交流を語った。この記事がYahoo!ニュースに転載されると1000件以上のコメントがついた。