さっそく大統領令 トランプ氏は「独裁者」になるのか?
ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に正式就任しました。就任演説では「アメリカ第一」を何度も繰り返し、さっそくTPP離脱やオバマケア見直しに関する大統領令に署名したとされます。この新大統領をどう見るか。そしてどう向き合うか。アメリカ研究が専門の慶應義塾大学SFC教授、渡辺靖氏に寄稿してもらいました。 【写真】「トランプ政治」の方向性は? 固まりつつある政権顔ぶれ
「ワシントンから米国を国民に取り戻す」
ドナルド・トランプ米大統領の就任演説からうかがえるのは、「米国はこれまで世界のために一方的に負担ばかりし、他国の不公正な貿易にも目をつむってきた。しかし、これからは米国の国益を徹底的に追求させてもらう。そのためにハードな交渉も厭わない。私は米国に勝利をもたらす」という「米国第一主義」(アメリカ・ファースト)の姿勢だ。 ある意味、どの国も自国の利益を優先するのは当然だが、トランプ大統領の場合、その国益の解釈が狭く、経済的な損得勘定を極度に重視する。今回の演説でも、同盟関係や多国間枠組み、民主主義、人権といった、より広い観点から米国の利益を支えてきた制度や規範への言及は皆無に等しかった。「米国第一主義」の先にどのような国際秩序、いや、世界の未来を描いているのか見えなかった。 選挙期間中から内向き、孤立主義的、大衆迎合的な発言が目立ったが、就任演説でもそれは変わらなかった。「世界を牽引する米国」というイメージは抱けなかった。「既成政治やエスタブリッシュメントから米国を国民に取り戻す」という演説の冒頭部分はまさにトランプ主義の象徴だが、対外関係においても、不公平でインチキな今の仕組みから米国を取り戻すという認識なのだろう。
大統領といえども議会の制約を受ける
こうした米国とどう向き合うか。 まず、第一に理解すべきは、就任演説は実際の政策には直ちに結びつかないという点だ。基本的には米国民を鼓舞するのが目的であり、より具体的な政策の輪郭をイメージするには、少なくとも議会での施政方針演説(いわゆる一般教書演説)まで待たねばならない。通常、1月下旬から2月中旬に議会からの招待という形で行われるが、まだ日付は未定のようだ。 第二に、大統領といえども、議会や司法からの制約を受けるという点だ。議会が法案を通さなければ、大きな政策は実行できない。上下両院とも共和党が多数派である点はトランプ大統領にとっては幸運だが、共和党とトランプ大統領の関係は盤石とは言い難い。 共和党の主流派の多くは伝統的なリアリストであり、同盟関係を重視し、ロシアに懐疑的であり、自由貿易推進派だ。共和党との関係を修復するうえでも、当面は、共和党の多くが同意し、オバマ時代からの変化をアピールできる案件(法人税や所得税の減税、規制緩和、インフラ投資、防衛費拡大、オバマケアや地球温暖化対策の見直し、テロ対策強化など)が優先されることになろう。つまり、実施には、従来型の現実的な路線に修正される可能性が高いということだ。閣僚候補者たちの議会での公聴会での証言は総じて穏当なものと言える。 第三に、まだトランプの政権チームが固まっていない点だ。国務長官に指名されているレックス・ティラーソン氏(エクソンモービル前会長兼CEO)を含め、最終的には全員が承認されるとしても、民主党の反発もあり長引きそうだ。大統領が代わると、各省庁の局長以上のポストを含め、約4000人が政治任命で入れ替わるが、それらが落ち着くのは初秋である。 政権内でも、例えばロシアへの安易な歩み寄りにはジェームズ・マティス国防長官(元中央軍司令官)は猛反対するであろう。ホワイトハウスで外交・安保政策を調整するのはマイケル・フリン大統領補佐官(国家安全保障担当、元国防情報局長)だが、三つ星のフリン中将が米海兵隊のレジェンドである四つ星のマティス大将をどこまで説得できるか不透明だ(フリン氏の調整能力には疑問を呈する声が多い)。政権チーム内の人間関係や力学はしばらく不透明な状態が続くと思われる。トランプ大統領がどこまで側近の意見に耳を傾けるかも不透明だ。