くどうれいんさん「日記の練習」インタビュー 日記は私を“調律”してくれるもの
生活のかけらをもとに、おもしろい作品を
――帯にもなっている「おもしろいから書くのではない、書いているからどんどんおもしろいことが増える」という言葉が印象的でした。過去のインタビューでも書けば書くほど生活がおもしろくなるといったことをよく語られています。いつごろから、そう感じ始めたんでしょう? もう書き始めたときから。10代でブログを始めて、書くネタを探さなくちゃいけない、もうネタ切れだという感覚ってなかったんです。むしろ、書いていくとおもしろいことがどんどん増えていって、限られた時間の中でどれを優先して今日は書こうかと悩んでいたくらい。そもそも日々の生活の出来事を「ネタ」と捉えることは好きじゃなくて、「ネタを見つけてやるぞ!」というきもちは全くありません。ただ、より多くのものごとに対して私は「よっ!」「おっ!」って言いたいだけ。そうやって、いろんなことに対して「いいぞ、いいぞ」って思っているのがすごく好きなんです。 ――歌舞伎の大向こうみたいな。きっと、くどうさんの「おもしろい」の感度がいいんでしょうね。 ちょろいんだと思います。しかも常に自分もまわりの人たちもおもしろいから、書くことがなくなるってことはないんです。でも、おもしろいことばっかりなのも疲れますよ。もう慣れているから大丈夫ですけど。 ――わりと小さいころから、何ごともおもしろがる性分だったんですか。 いや、高校生ぐらいのときは他人の悪口を探すことに精いっぱい。頑張ってヘアケアしているクラスのかわいい女の子たちに対して、教室の端っこから「そうめんみたいな髪にして何が楽しいんだかね」みたいに、他人のキューティクルに文句をつけることに命を注いでいるような子でした。自分に自信がなさすぎて、まわりを自分より下だと思っていないと不安でしょうがなかった。 ――それが変わったのは、どうしてですか。 大学生ぐらいに、私と同じようにたくさん書いて、書くことが楽しいっていう同世代と出会ったからです。書く力を他人に対する皮肉や揶揄ばかりに使っていたことが、めっちゃダサいと思った。もっと私は自分の人生に集中しなきゃいけなかったのに、他人の足を引っ張ることばかり考えていたなと反省しました。でも、そうやって他人をひがんだり、ねたましく思ったりした時代の私が救われていたのが「書く」ことだったんですよね。「他の人にはここまで書けないだろう」と、書き続けてきました。 ――「他の人にはここまで書けないだろう」とは? 高校2年生のときに受賞した岩手日報随筆賞の審査員の方に、「本当に文章がうまい人は何も起きていなくても文章力だけで書ける人」というようなことを言われて、すごい衝撃を受けたんです。それまではどこかネタを探すようなきもちで書いていたんですが、エピソード勝負じゃないところでいかに書けるかで勝負したいと、思うようになりました。 私はとにかく「ふつう」すぎたんです。取り立てて不幸でもユニークな育ちでもなくて、県内の進学校に進んだものの成績はひどい有り様で。すごく恵まれているわけでもなく、かといって自分よりも大変な環境の人たちのことも知っているから不幸ぶることもできない。自分の人生がとりとめがなさすぎたんですよね。でも、文章力でなら勝てることがあるかもしれない。そんな思いもあって日記を書いていました。そうやって書いて世に出すという訓練をし続けてきたらからこそ、「日記用の私」ができてきたし、おもしろいことを見つけるのが得意になっていったんです。 ――過去の「ひがみれいん」も自分であり、いまの「くどうれいん」をつくってくれたんですね。 あのとき、私にキューティクルがあったならば、文章は必要なかったんだと思います! ――今後はどんなことを書いていきたいですか。 私は小説や絵本などの創作作品のほかに、エッセイなどで自分の生活を書くことも仕事にしています。そうすると、「私生活を書くこと=赤裸々」というイメージで、書き手が本心やヒリヒリした感情を差し出していると思っている方が多いように感じます。でも、うまい文章って、必ずしも自分の身を切って赤裸々に書く必要はないんですよ。「自分のことをさらけ出して勇気がありますね」って言われるたびに、「そうじゃない、私は書く訓練をしてきて編集したものを出しているのに……」と思ってしまいます。そういう目線に対して、エピソードをさらけ出すことが全てではないということを言い続けたい。書き続けていれば、本当のことを書きながらも書きすぎないようにできるんだよ、と。 私の人生はコンテンツでも他者の感動のための商品でもなくて、私のもの。そこをうまく守りつつ適切な距離感を取りながら、おもしろい作品にしていくことを試行錯誤しながらやっていきたいです。 <くどうれいんさんプロフィール> 作家 1994年生まれ。岩手県盛岡市在住。著書に、エッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』『コーヒーにミルクを入れるような愛』、歌集『水中で口笛』、創作童話『プンスカジャム』、絵本『あんまりすてきだったから』など。初の中編小説『氷柱の声』は第165回芥川賞候補となった。 (文:岩本恵美)
朝日新聞社(好書好日)