ケインの初タイトルはどうなる? 歴史に残る“無冠の帝王”たちを紹介
■アントニオ・ディ・ナターレ
ケインに次いで、欧州5大リーグで2番目に多くのゴールを記録しながら無冠だったのは、元イタリア代表FWディ・ナターレ。エンポリでキャリアをスタートさせた点取り屋は、その後2004-05シーズンから引退する2015-2016シーズンまでウディネーゼで活躍。セリエAで歴代6位の209ゴールを叩き出したが、ビッグクラブに所属していなかったためタイトルとは無縁。リーグ戦の最高成績は2011-12シーズンの3位だった。 イタリア代表としてはEURO2012でファイナルまで勝ち上がったが、決勝でアンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、セスク・ファブレガス、シャビ・エルナンデスの『クアトロ・フゴーネス(四人の創造者)』を擁するスペイン代表の前に0-4で敗れ去った。
■ベルント・シュナイダー
MFベルント・シュナイダーは、ドイツ代表81キャップを誇りながら1度も栄冠に手が届かなかった。1999-2000シーズンから2008-2009シーズンまでレヴァークーゼンに在籍したシュナイダーは、加入初年度にブンデスリーガ初制覇に王手をかけるも、勝てば優勝が決まる最終節でウンターハヒンクに0-2で敗れると、バイエルンに勝ち点で並ばれ、得失点差でタイトルを逃した。その2年後、再び初優勝を目指して快調に飛ばしていたが、4ポイント差のリードで迎えた残り4試合でドルトムントに逆転されて再び栄光を逃した。その2001-02シーズンは、DFBポカールの決勝でシャルケ、CL決勝でレアル・マドリードに敗れて3つの準優勝。「ネヴァークーゼン」と揶揄されることになった。 シーズン終了後、シュナイダーはドイツ代表としてFIFAワールドカップ日韓2002に出場。順当に勝ち上がるも、決勝でロナウド、リヴァウド、ロナウジーニョらを擁する“カナリア軍団”の前に敗れ、あと1歩のところでジュール・リメ・トロフィーに手が届かなかった。4年後、2006年のドイツ大会にも出場したシュナイダーだが、その時は準決勝でイタリア代表に敗れて3位に終わり、最も不運な選手として知られている。