大谷翔平とともにMLBに新たな歴史を刻んだ日系人がいた ドジャース実況アナが抱く「アジア系アメリカ人」の誇り
【スポーツ報道を志した日系4世の歩み】 ネルソンは、日系4世である。南カリフォルニアで生まれ育った。 「私の先祖は熊本出身だと聞いています。曾祖父母がハワイへ移住し、オアフ島で農業に従事しました。その後、祖父母の代に一家はロサンゼルスへ移り、そこで母が生まれた。母はロサンゼルスで育ち、リトル東京にある全米日系人博物館の設立メンバーとなり、長年そこで働きました。 母方の姓は、漢字はわからないですが、『クラオカ』です。母の名はフローレンスですが、ミドルネームは『キクエ』、そして私のミドルネームもエツオです。私のふたりの息子も日本のミドルネームがあります。私たち一家にとって、先祖が日本から来たという事実は非常に大きな意味を持っています。 しかし、日常生活では日本語をほとんど話しません。『仕方がない』などの簡単なフレーズを除けば、使うことはほとんどありません。私自身、子どもの頃に2年間ほど日本語学校に通い、高校でも少し日本語を学びましたが、今ではほとんど記憶に残っていません。ただ翔平や(山本)由伸がドジャースにいるので、少しずつ思い出そうとしています。 長男はオレンジカウンティの日本語学校に通っており、先日も私の母と一緒に日本語の本を読みながら勉強していた。彼が学んでいる姿を見ると、私も日本語をもっと思い出したいという気持ちが強くなります」 高校はオレンジカウンティのハンティントンビーチにある高校で、その後、地元のチャップマン大学に進学。放送ジャーナリズムを専攻した。 「もともとはプロのアスリートを目指していました。さまざまなスポーツに挑戦しましたが、特に得意だったのはゴルフとアイスホッケーです。しかし、高校生の早い段階でプロになるのは難しいと気づきました。それでもスポーツに携わりたいという思いが強く、アナウンサーを目指す方向に切り替えました。 南カリフォルニアで育ったのは幸運でした。地元のテレビ局「ABC7」には日系人のロブ・フクザキさんがいて、彼が毎日スポーツを報じる姿をテレビで見ているうちに、『自分にもできるかも』と思えるようになりました。 さらに、ロサンゼルスにはすばらしい実況アナがいました。ドジャースのビン・スカリー、NBAレイカーズのチック・ハーン、NHLキングスのボブ・ミラーです。彼らの声を聞きながら、多くを学びました」 筆者もロブ・フクザキをテレビで長年見て知っている。1994年にロサンゼルスのローカルニュース局で初の日系人スポーツアンカーとしてキャリアをスタートした。コービー・ブライアントへのインタビューなど、数々の重要なスポーツイベントや人物を取材していた。2016年には南カリフォルニア・スポーツ・ブロードキャスターの殿堂入りを果たし、スカリーやハーンと並ぶ名誉を手にした。そして今年、ニュース番組内で就任30周年を祝っていた。