大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 高度順応編|#4
Day3 ホワイトアウト・C2~C3
朝、4:30に起きると、依然吹雪いていたので出発を遅らせる。1時間後にもう一度外を伺うとガスが晴れ、わずかに青空が覗いていた。予報どおり回復に向かっていると踏んで出発する。 歩き始めると先ほど見えていた空はガスに覆われ、昨日の到着時と変らない状態に戻ってしまった。やむなく、コンパスとGPSを頼りに進む。これが極めて困難だった。 足元は白い雪原。周囲も吹雪いて視界なし。つまり360度、上も下も真っ白け。人が真っすぐ進むには、景色やなにかしらの目標物がなくてはならない。一直線に進んでいるつもりでも次第に左右どちらかにずれていく。雪山で同じ場所に一周して戻ってしまうリングワンデリングという現象があるが、注意していても本当に陥ってしまうものなのだ。おそらくひとりでは10mであっても曲がらずに進むことはできないと感じた。 それを防ぐために3人1列、一直線になって最後尾の者がコンパスを見て方向を確認する。列が曲がっていたら修正して進む。曲がっては直しを繰り返し、結果的には蛇行するように進んでいく。後ろのパーティが晴れているときに見たら、なぜ真っすぐ進まないのか訝しむはずである。
カヒルトナコーナー
蛇がのたうつようなトレースを刻みながらジワジワと進んでいく。30㎝ほどの新雪をラッセルしていく。ロープを繋いでソリを引いているので先頭を交代することはできない。幸運なことに今日のトップは私の番だった。 ときどき不意に現れる目印のワンドを見つけると安心するが、またしばらく出合わなかったりする。 カヒルトナコーナーと呼ばれる氷河の屈曲点を曲がると、緩やかだった坂は傾斜を増す。ガスのなかから人の声がすると思ったら、ふたりのスキーヤーが滑り降りてきた。彼らも道を探りながらようやく下ってきたようだ。 しばらく登ると左側に岩壁が現われた。岩場があると真っ白な世界から開放されて周囲の地形がわかる。真っ白な空中遊泳にも似た世界から一転、少しでも景色があると大地にしっかり立っている感覚が瞬時に戻るから不思議だ。 さらに行くとガスが切れ始めた。トレースのない美しい雪面に自分たちだけの足跡を刻んで進むのは心地よい。やはり人のトレースを盲目的に追うよりも遥かに尊く雪山の本来の充足感が得られるものだ。 C3までひと登りとなったところで後ろから20人ほどのガイドパーティが追いついてきた。そして軽やかに追い越していく。 我々のつけたトレースをたどって難なくここまできたのだろう。それは良しとして、日本であれば「ラッセルありがとうございます! 」なんて声が掛かるところだが、そんな素振りは微塵もない。これも文化の違いか? ガイドパーティは高度順応もばっちり、荷揚げも済ませてあるようで荷物も少ない。そもそも各キャンプにあらかじめテントも常設されてあるようで、快適なようすである。お金を払えば楽をできるのはどこに行っても同じ。「敢えての苦労を、好んでするのが登山」であるとしたら、より純度の高い登山をしているのは我々のほうだと、なんとか気持ちを落ち着けるのが精いっぱいである。 歯を食いしばって重いソリを引き、C3にヨロヨロとたどり着いた。氷河上の台地にある広々とした眺めの良い場所で、アラスカ第二の高峰・Mt。Foraker(フォーレイカー、5、030m)が遥か高みから覗いている。 端のほうの快適な場所にテントを張り、いつまでも眺めていられる遥かな山並みを心行くまで堪能する。雄大でスケールの大きな山並みはいつまでも見飽きることがない。それに反して背後に立ちはだかる難所・モーターサイクルヒルには、努めて眼を向けないようにするのであった。