生後3日で診断を受け混乱…。娘のダウン症を受け入れるまでを100のステップにして発信した母の思い【体験談】
イラストレーターでエッセイストのガードナー瑞穂さん。アメリカ人の夫と、小学6年生、小学3年生、支援学校小学部1年生の3人の子どもを育てるママです。瑞穂さんは2017年の秋に出産した第3子のまりいちゃんが、生後3日でダウン症候群(以下ダウン症)と診断され、大きなショックを受けます。瑞穂さんがダウン症の告知を受け入れ、笑顔で育児ができるようになるまでのことを聞きました。 全2回のインタビューの後編です。 【画像】生後1カ月ごろのまりいちゃん。にこにこ笑顔です。
診断を受け入れられず、混乱する気持ち
まりいちゃんは生後3日で、ダウン症と診断を受けました。瑞穂さんはなかかなかその事実を受け入れられず、「産後しばらくは心がとても混乱していた」と当時を振り返ります。 「医師からまりいがダウン症だと告知されて、出生前検査のことが頭をよぎりました。けれど、もし出生前検査をしてダウン症だとわかっていたら、私は中絶を選択したかもしれない、そしてもし中絶を選択したとしたら、その後の人生で、たとえば公園でダウン症の子どもと家族とすれ違ったときに『あんなふうに育っていたんだな』と考えたり、数年後に『生きていたら今5歳だな』と考えたりするはずです。 自分の過去の決断に疑問を持ちながら、生まれてこなかった赤ちゃんの影に追われて生きていくのは私にとって地獄だろうなと思いました。 まりいはダウン症があるけれど重篤な合併症もなく、私の子どもは2人から3人に増えたのに、なぜ私は悲しんでいるんだろう、とも考えました。妊娠中に女の子とわかったときから、りりいの妹として生まれる赤ちゃんは少しおとなしい女の子だろうな~、などと妄想していたんです。その子と会えなかったから、今こんなに悲しいのだとしたら、その子とはお別れしなくちゃいけない、と思いました。そして生まれてきてくれたまりいと幸せになるほうが絶対にいい!と、一瞬のうちにぐるぐる頭の中で浮かんださまざまな考えは、その結論に至りました。 そのときのように『なぜ? 』『もしも』と事あるごとに何度も自問自答しながら、産後から2年くらいかけて自分の混乱した感情を少しずつ、少しずつ整理をしました」(瑞穂さん)