金融・資産運用特区がスタート:成長戦略との連携も重要
特区はなお試行的な取り組み
今回の金融・資産運用特区プログラムは、従来の国際金融センター構想と比べると、成長産業の育成、地方経済の活性化、資産運用業の拡大・高度化、個人の投資拡大など非常に多様な要素を含む意欲的な取り組みであり、今後の進展には大いに期待したいところだ。 ただし、この枠組みだけで、海外の運用会社の日本進出が加速し、複数の国際金融センターが日本で急成長すること、あるいは個人の投資が急拡大して、企業との間に好循環が生まれること等を期待するのは難しいのではないか。今回の取り組みには試行的な要素が多分あり、今後のパフォーマンスを見たうえで、規制緩和などの施策を全国レベルに広げていくなど、次のステップへとつなげていくことが期待される。 以前より、海外の資産運用業、その他金融機関の日本での拠点拡大の妨げになってきたとされるのが、言語の問題と日本の税率の高さである。こうした障害が、今回の金融・資産運用特区プログラムで一気に取り除かれるとは思えない。業務面での英語対応は進むとしても、外国人の日本での生活では、言葉の問題は残るだろう。また、アジアの国際金融センターの競争力という観点では、シンガポールのように英語と中国語の双方が求められるかもしれないが、日本ではそれは難しい。 税制面では、地方自治体が地方税の減免を行う見込みであるが、他方で、政府は所得税や法人税の減免措置は行わない。これでは、海外企業あるいは外国人が日本に拠点を設けることの税制面での大きな障害は残ってしまうだろう。
日本経済の潜在力強化が鍵に
政府は、個人が投資を拡大し、それが、企業が成長するための投資を促し、その恩恵を個人が配当や株価上昇という形で得る。さらにその資産所得増加分を消費に回すことで企業の成長が促されるといった「成長と分配の好循環」の実現を目指している。 こうした観点から、政府は新NISAの開始、金融経済教育の充実、金融商品の販売会社等に向けた顧客本位の業務運営の促進、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの策定・改訂などを今まで進めてきた。 そして、これらの取組みの中で残されたピースとして、家計金融資産等の運用を担う資産運用業とアセットオーナーシップの改革等を図っていく必要があるとして、「資産運用立国実現プラン」を打ち出したのである。さらにその柱となるのが、今回の「金融・資産運用特区」となる。 しかし、海外運用会社の進出促進などを通じて、資産運用業の競争条件を高め、運用の高度化を進めても、それだけで個人の投資を大きく拡大させる効果を生むかどうかは疑問だ。それよりも、国内経済・金融環境の方が重要な要素ではないか。 新NISAの開始、物価上昇観測の強まり、年初来の株価上昇などを受けて、足もとで、個人は株式投資を従来よりも積極化しているように見える。しかし、この先、日本銀行の追加利上げを受けて円安・株高の流れが円高・株安に変われば、円安による物価上昇観測も弱まることから、個人は株式投資に慎重になる可能性もあるのではないか。またそうした中、預金金利が上昇していけば、個人は再び安全資産である銀行預金の選好を強めてしまうだろう。 このような短期的な経済・金融環境の変化に左右されずに、個人が投資を持続的に拡大させていくためには、日本経済の成長力向上への期待を高める必要がある。金融商品への投資の期待収益は、経済の成長力、潜在力によって基本的には決まると考えられるからだ。経済の成長力、潜在力が高まり、投資の期待収益が高まれば、個人のリスク選好も高まり、株式投資が促されるだろう。 こうした観点から、個人の投資拡大を起点とする「成長と分配の好循環」の実現には、少子化対策、インバウンド戦略、DX・GX戦略、地方経済活性化、外国人人材活用などといった、経済の成長力を向上させる成長戦略の推進が重要な鍵を握ることになる。 言葉や税制などのインフラ面では、海外金融機関にとって日本の魅力は必ずしも高くはないだろうが、巨額の日本の個人マネーが大幅かつ持続的に投資に回るという期待が高まれば、こうした障害はあっても、日本への投資を拡大させるだろう。 今回の「金融・資産運用特区」プログラムは、こうした点にも配慮して進めていく必要があるのではないか。 (参考資料) 金融庁「金融・資産運用特区実現パッケージ」、2024年6月4日 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英