“人前が苦手”は「不安遺伝子」が原因⁉︎ メリットとデメリット、解決法を心理学の専門家が解説!
無理にポジティブになろうとする必要はない。目指すのは「客観的な自己評価」
──では、人前に苦手意識がある人が、その特性を変えることはできるのでしょうか? さきほどのお話にあったプレゼンなどの場合は、ポジティブな反応だけに意識を向ければいいのかなとも思ったのですが……。 坂入先生: 残念ながら、ネガティブな反応が気にかかりやすい人がポジティブな反応だけに意識を向けようとするのは現実的ではないですし、あまり意味がありません。上がり症の人は無理にポジティブになろうとするのではなく、自分を正しく観察し、客観的な自己評価ができるようになることを目指すとよいと思います。 ──客観的な自己評価ができるとは、どのような状態のことを指すのでしょうか? 坂入先生: たとえば、学校の試験の結果が60点だったとします。ポジティブな人は「60点もとれた」、ネガティブな人は「60点しかとれなかった」と結果を評価したくなるかもしれません。しかし実際には、試験というものは自分が何を理解し、何を理解していないかを知るためにあるものです。100点を取れてしまうようなテストは簡単すぎます。ですから点数が何点であろうと、「前回はまちがえてしまった問題を正解できた」「点数は上がったけれど、いつも同じような問題でつまずいてしまう」といったポイントだけを見るのが本来の正しい見方なんですよね。 人前で話すことに関してもまったく同じです。人前が苦手な人はついつい最初から完璧に喋ろうとしてしまいがちですが、最初にお話ししたとおり、強い緊張を感じる場面でいつも通りのパフォーマンスをすることは至難の業です。ですから仮に思ったように喋れなかったとしても、「早口にならない」「オーディエンスの顔を見ながら話す」といった細かい評価軸を設け、それを達成できたかどうかだけを確認するよう心がけてみてください。成功したか失敗したかではなく、自分のパフォーマンスを分析して、このパターンの場合の結果はこうだったというデータ収集をしていると考えるといいですよ。 そういった工夫を繰り返しているうちに、緊張する場面であっても少しずつ客観的な自己評価ができるようになっていくはずです。人前に出ると手汗や震えが止まらなくなってしまう……という人は、以前、yoiで紹介した「オートジェニックトレーニング法」などを生活の中にとり入れて、自律神経のアクセルとブレーキの切り替えを上手にしておくのもひとつのよい方法です。 ■不安になりやすい性格にもメリットはある ──お話を伺って、不安になりやすい性格やネガティブな反応が気になってしまう性格は、無理に直そうとしても意味がないことがわかりました。不安になりやすい人は自己否定をしてしまいがちですが、そういった性格にもメリットはあるのでしょうか? 坂入先生: 不安になりやすい性格にもメリットはありますよ。たとえば正確に書類を作る、プロジェクトの期日を管理するといった場面では、不安を感じやすい性格の人のほうがまちがいがないか何度も確認をするなどして、高い評価を得るケースも多いと思います。現代はどうしても、人前で堂々とパフォーマンスできる人のほうが評価されがちな社会ですが、時代や社会状況によっては必ずしもそうではないんです。 たとえば動物の場合、不安遺伝子を持っていない個体だけで群れを形成したら、全員がなんの準備もせず寝ている間に他の動物に襲われて、群れが滅びてしまう可能性がある。一方でもちろん、不安遺伝子を持った動物だけの群れの場合も、安心して眠れずに全員が気力や体力を消耗して滅びてしまう可能性があります。大切なのは遺伝子の多様性で、不安を感じやすい人とそうでない人、どちらも同じコミュニティの中にいることが重要なんです。 ──なるほど。では、不安になりやすいから、人前が苦手だから……と過度に自分を否定する必要はないのですね。 坂入先生: そのとおりです。特に少人数で話す場面などにおいては、敏感なタイプの人は他者のネガティブな反応を受け取りやすい分、相手の体調や機嫌の変化などにもすぐ気づき、気遣いができるというメリットもあります。敏感な人の中には内向的で自分の殻に籠もってしまいがちな人も少なくありませんが、せっかくならその敏感さを外に向けて、コミュニケーションの際に生かそうと考えると人間関係もうまくいくと思います。 常葉大学教育学部教授・筑波大学名誉教授 坂入洋右 常葉大学教育学部教授、筑波大学名誉教授、臨床心理士。健康心理学、スポーツ心理学を専門に、自律訓練法・軽運動・瞑想法を活用した、心身コンディションのセルフコントロールなどを研究。著書に、『身心の自己調整:こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(誠信書房)が挙げられる。 取材・文/生湯葉シホ 企画・編集/福井小夜子(yoi)