新幹線開業60年(1)追いすがる各国高速鉄道
とはいえ、他の高速鉄道が決定的に劣っているのではない。新幹線ほどの大量輸送の需要が望めなくても採算が取れるよう、小ぶりの車両で在来線への乗り入れを図っているためなのだ。 新幹線との比較では、中国の高速鉄道の性能が肉薄してきていることが示されている。必要電力は15.8kW、車両重量は0.76トンと、新幹線と遜色ない技術水準にあると言ってよい。国土が広大で人口の多い中国では、輸送力の増強が必要であることがデータからうかがえる。筆者が調べたところ、上海ー南京間の高速鉄道では1日480本もの列車が運行されていた。これは1日約450本が最多の東海道新幹線を上回る数字だ。 インドネシアでの受注選定では、車両性能以外の要素が決め手となった。中国はインドネシア政府に債務保証を求めない提案を行い、受注合戦を制した。日本を含めた他国が競合できる条件ではなく、今後の新幹線輸出に当たっては、政府のバックアップなど国を挙げた総合的な戦略が求められることを教訓として残した形だ。
世界で評価されるべき環境対策
では、新幹線が中国の高速鉄道に間もなく追い付かれ、技術面での優位性が何もなくなるのかというと、そうではない。日本は狭い国土に多くの人が住むという特徴があり、新幹線の騒音や振動に対する基準は極めて厳しく、環境性能は他高速鉄道の追随を許さない高い水準にあるのだ。 騒音の基準値は、住宅地では掃除機の作動音に相当する70デシベル(dB)以下、商工業地ではボウリング場の店内に相当する75dB以下とされている。振動については場所を問わず、地震に例えると「屋内で静かにしている人の大半が感じる」程度の震度2相当、70dB以下にしなければならない。 騒音、振動対策として沿線家屋には防音・防振工事が施されているほか、線路脇にはさまざまな技術が詰め込まれた防音壁が設置されている。振動を抑えるために、レールはより重く頑丈なものへと交換され、溶接して継ぎ目をなくした。架線は、たるみが騒音の原因となるため、より重いものをより強い力で張る工夫が続けられてきた。 各国の高速鉄道に比べ、「不細工」な新幹線の形状にも理由がある。先頭車両の先端は、以前のスタイリッシュな形状から、下膨れで車体の半分近くを流線形部分が占めるようになってきた。おかげで、トンネル内の空気を新幹線の車両が高速で押し出す際に生じる破裂音を低減させることができるのである。パンタグラフの周囲に取り付けられた物々しいカバーは、騒音の半分を占めるとされるパンタグラフの風切音を遮断するための工夫だ。 こうした新幹線の環境対策は、世界で正当に評価されているとは言えない。厳しい基準をクリアした騒音・振動対策は、多くの国々にとっては過剰で、新幹線を輸入・導入するに当たり、コストを上げる要因と見なされがちである。しかし、高速鉄道の開業で人口が増え、大都市の形成が予想されるのであれば、当初から騒音や振動を抑えたシステムを導入するのが合理的なのは間違いない。いずれ新幹線の持つ環境対策が脚光を浴びる日が訪れるであろう。
【Profile】
梅原 淳 UMEHARA Jun 鉄道ジャーナリスト。1965年生まれ。三井銀行(現・三井住友銀行)、月刊「鉄道ファン」編集部を経て2000年に独立。主な著書に『新幹線を運行する技術』『新幹線の科学』(ともにSBクリエイティブ)、『JR貨物の魅力を探る本』(河出書房新社)など。福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員。