AIの教育活用に踏み出すシンガポール…世界トップ級の学力、生き残りに懸ける カメラで児童の動きを検出、中国技術の台頭がもたらすものは「監視」か「安全」か
世界トップクラスの学力を誇るシンガポールが人工知能(AI)を活用した教育に踏み出した。競争力の維持が国家生存の柱とするシンガポールは、AIによって教師の負担軽減など学校現場の効率化と、生徒の理解増進を目指す。ただ、アジアで広がりつつあるAIの教育現場での活用にはプライバシーや監視の問題もつきまとう。(年齢は取材当時、共同通信シンガポール支局 角田隆一) 【一覧】平均得点の国際比較(PISA)3分野とも1位はシンガポール
▽AIで個人に最適化 昨年12月初旬、黄色い制服の子どもたち約30人が一斉に廊下に駆け出し、移動式キャビネットからノートパソコンを取り出した。ヘッドセットのマイクを着けた女性教師が「自分で今日学ぶ項目の目標を設定してください」と英語で語りかける。華人、インド系、マレー系の子どもたちがパソコンを開くと、一斉にログインし始めた。 子どもたちはシンガポール西部の公立レークサイド小学校の5年生。シンガポールは昨年6月から5年生を対象に算数の一部授業で、機械学習と呼ばれるAIの技術で学習データを分析させ個人に応じて問題や進度を最適化する学習システム(アダプティブラーニング)を導入した。 この日は小数と計量単位を学ぶ授業だ。子どもたちは自分で3段階から難易度を選び、AIがそれまでの学習データなどを反映し問題を出す。 「0・062メートルは何センチですか」。パソコンに問題が表示される。イザベルさん(11)は「やる気にさせてくれる。もし問題を間違えたら、(理解を促す)簡単な問題を出してくれる」と話す。解答を示す画面には、答えに至る考え方が図解などで示されている。自分のペースで学べるので快適という。
算数のシンシア・ゴー教科主任(47)は、教師が採点時間を節約でき、子どものつまずきをデータで取れ、授業内容や個別指導を充実させられる利点があると語る。ゴーさんは「子どもとのやりとりが重要となる。AIが教師に入れ替わることはない」と話す。 ▽教師も変化迫られる シンガポール政府は国家AI戦略を策定、教育現場でAI活用を積極的に進める構想を持つ。基本方針は「技術で変化する世界に備えるための技術を活用した教育」。資源がない人口小国で、「変化に対応しなければ国の存立が危ういという危機感は常にある」(地元の研究者)。有力な海外企業のアジア拠点を誘致し、成長のエンジンとしてきたシンガポールにとって教育は生存の要だ。 15歳の生徒を対象に、経済協力開発機構(OECD)が2022年に実施した学習到達度調査(PISA)で、シンガポールは81カ国・地域中、数学的応用力、読解力、科学的応用力の3分野で首位を獲得した。