五輪で金を獲る人生と銀の人生。レスリング・文田健一郎が誓う「変わらなかった人生」への雪辱
敗れてもなお「ずっと闘っていたい」美しい闘い
迎えた翌2023年の世界選手権。勝ちに徹したレスリングで予選を制した文田は決勝でも同様のスタイルで勝負を決めようと心に決めていた。しかし、もう一方のブロックから勝ち上がってきた前年の世界王者ジョラマン・シャルシェンベコフ(キルギス)は、かつての文田のようにガッチリと組み合ってきた。投げで競い合う気満々ではないか。 予想外の展開に文田は先制点を奪われた。「過去に一度やったことのある選手だけど、そのときはそんな感じではなかった。だからこの選手も固めてくるんだろうなと予想していました。そうしたら4点とっても組み合ってお互いに技を掛け合おうとしている。楽しくて仕方ありませんでした」 結局、文田は一度もポイントで上回ることなくシャルシェンベコフに敗れた。全力で攻め合っていたので体はきつかったが、敗れてもなお「ずっと闘っていたい」というレスラーズハイに陥っていた。 「なんか学生時代の同期とお互い何も隠さずに全力で『絶対自分の技でポイントを奪ってやる』という感じでスパーリングしているような心境でしたね。そういう中で出てくる技はホンモノだし、美しい」 では、パリではどうなるのか。一昨年のナザリアンのようにへっぴり腰での勝負を挑んでくる選手もいるかもしれない。その一方でシャルシェンベコフのようにガッチリと組み合ったうえでの正々堂々とした勝負を挑んでくる者もいるかもしれない。 文田は臨機応変に対応しようとしている。「固めてきた相手に自分の投げ技で勝とうとは思っていない。逆に闘っていく中で必要な場面になったら投げます。なんかこだわらないレスリングができそうです」。 文田は感じている。自分がオリンピックで金を獲った人生と獲らないそれの瀬戸際に立たされていることを。もちろん選択を希望しているのは前者だ。「いまのところは獲っていないほうの人生じゃないですか。でも、パリで獲った人生に変わることを期待しています。そうなることで、たぶん自分が自分を見る目が一番変わると想像しています」 芸術の都に、アーティスティックな文田の反り投げはよく似合う。 <了>
文=布施鋼治