アニサキスを感電死させ、安全な刺身提供 熊本大が産学連携で挑戦
サバに代表される魚介類に生息する寄生虫のアニサキスを、非常に大きな電流で「感電死」させ、生魚の品質を落とさずに加熱や冷凍処理をしなくても食べられるようにしようと、熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授(電気工学)らが取り組んでいる。開発した殺虫装置で処理し、試験出荷した刺身が小売店や試食会で好評を得ており、本格的に市場に出荷できるよう調整を続け、安心・安全な生魚を提供できる日を目指す。
アニサキスに驚き 恐怖心も
2023年12月、熊本市内の書店で浪平准教授の講演とアニサキスの観察会イベントが開かれた。市民向けにアニサキスの処理を巡る研究内容の説明やその生態について紹介した。会場に置かれた生魚の身をUVライトで照らすと、見えなかったアニサキスが浮かび上がってくる。参加者からは「初めてアニサキスを見た。気付かずに口にする可能性があると思うと怖いと感じた」「生食文化を守るために、今後研究を応援していきたい」といった声が寄せられ、関心の高さがうかがえた。
毎年発生する食中毒 アニサキス症
アニサキスはサバやアジ、イカやサンマに含まれる白い糸状の寄生虫で、長さ2~3センチメートル、幅0.5~1ミリメートルと目で見えるため、一部は調理中に取り除くことができる。しかし、魚をさばいた場所でなければ目視できず、生きたまま取り込むとアニサキス症として急性の強い腹痛と吐き気、嘔吐を引き起こす。厚生労働省への報告は年間400例ほどだが、日本は寿司や刺身を食べる文化があるため、病院等に行かなかった例も含めるともっと多い患者が潜んでいる可能性がある。
アニサキス症を防ぐために、厚労省は目で見える範囲のものを除去するほか、60度以上の温度で1分加熱するか、マイナス20度以下で24時間以上冷凍させる方法を推奨している。ただ、これらの方法は加熱すれば生食ではなくなり、冷凍させると解凍時に若干身が軟らかくなるという課題があった。
軍事技術のパルスパワーを応用
浪平准教授はこれまで非常に強い電力を一瞬でかけるパルスパワーの研究に取り組んできた。パルスパワーは米国で開発された軍事技術の一つで、兵器に用いられてきた歴史がある。100~200ボルトの電源から電気エネルギーを一度コンデンサーに蓄え、それをマイクロ~ナノ秒(マイクロは100万分の1、ナノは10億分の1)で高電圧・大きな電流を取り出す。爆発のように非常に短時間で強いエネルギーを生み出すことができる。浪平准教授はこれを平和利用し、排気ガスの無毒化やコンクリートのリサイクル技術に応用するような環境負荷軽減に関する研究をしてきた。魚の身の中に潜むアニサキスを感電死させるには通常の電流では難しいが、パルスパワーの技術なら生かせるのではないかと考えた。