マスコミからの厳しい批判を鎮静化、「国産ロケットの父」糸川英夫氏が生んだ“突拍子もない発想”
■ 糸川氏が体系化した「イノベーションを生み出す思考プロセス」 ――糸川氏が組織的にイノベーションを実行できた背景には何があるのでしょうか。 田中 システム合成・システム分析という思考フェーズがあります。組み合わせのパターンを全部洗い出して、そのパターンを一つひとつ評価する考え方です。ポイントは、パターンを洗い出す途中でダメ出しをせずに、全ての選択肢を評価する点です。このプロセスを踏むことで、多様な人材の組み合わせによって天才を超えるアウトプットを生むことができます。 例えば、ランチを例に考えてみましょう。ランチのメニューが「主食・主菜・副菜・汁物」の4つの構成要素でできているとします。 主食であれば「ご飯・パン・パスタ」、主菜は「チキン・ポーク・魚」といった形で構成要素の全ての選択肢(オルタナティブ)を洗い出し、その後に全てを組み合わせます。そして、どの組み合わせを使うのがベストかを多角的に評価します。これにより、天才の飛躍的な思考プロセスを誰でも一つひとつたどることができます。 ここにダイバーシティーが加わると、さらに多様な組み合わせが生まれやすくなります。例えば、海外では主食の考え方が異なりますから、海外の出身者がメンバーに入ることでユニークな組み合わせが出てきます。 「創造性組織工学」(糸川氏のシステム工学の名称)では「一人の天才より、多様な人材の組み合わせで、天才以上の能力を」をキャッチフレーズとしています。創造性に長けていないと思われる人が集まり、強制的に創造性をつくるのが創造性組織工学なのです。 異なるバックボーンを持った人が集まってたくさんの意見を出し合い、出来上がった組み合わせからどれを採用するかをトップが決めることで、各段に成功率が高まります。
■ 医者の使命を「患者の命を救うこと」と捉えてはいけない ――イノベーションを志す人は、糸川氏から何を学べば良いのでしょうか。 田中 一言で言えば「ポータブルスキル」(業種や職種が変わっても持ち運びができるスキル)です。糸川氏は戦闘機、ロケット、バイオリン、脳波測定機などを開発してきましたが、どの仕事も10年ごとに変えています。10年ごとに仕事を変えるスキルが現代に一番必要なのかもしれません。個人でイノベーションを生み出したいのであれば、糸川氏のようにポータブルスキルを身につけることが必要です。 私も勤めていた会社が買収されたり、うまくいかなくなったりしても、次々に新しい仕事で成果を出し続けています。これはポータブルスキルの一つである「使命分析」を行っているからです。 私がグローバルリスクマネジメントの会社で営業職に就いていたときに、周りの人は朝から晩まで働き詰めでしたが、私は1日1時間で仕事を終わらせていました。しかも成績はトップクラスでした。この「使命分析」を身につければ明日からの仕事に役立ちますし、働き方改革も実現できると思います。 一例として、医者を題材に、使命分析をしてみましょう。「医者の使命」は何だと思いますか。 ――「患者を救うこと」でしょうか。 田中 そのように思われがちですが、使命分析の視点から考えると「人々を病気の患者にさせないこと」、つまり「病気を予防すること」も重要な使命になります。人々に予防の知識を与えることに注力すれば患者が減りますから、医療現場の人手不足も解消に近づくはずです。さらに、将来の患者不足時代でも予防という医療サービスを提供できます。 この視点から考えると、営業の使命は「売り上げを上げること」ではありません。お客さまは商品・サービスを買うことが目的ではなく、使うために買っているのですから、営業の使命は「お客さまに商品・サービスを使ってもらうこと」になります。お客さまに商品やサービスの使い方を短時間で効率的に分かりやすく説明すると喜んでもらうことができ、成績も右肩上がりで伸びていきます。 使命が明確になると、そこに最短距離で到達するための手段が見つかります。そのため、使命が曖昧なまま仕事をしている人と比べて、圧倒的な成果が出せるわけです。糸川氏の考えたポータブルスキルを身に付けることができれば、どこに行っても成果を創出し、イノベーションを生み出すことも可能だと思います。
三上 佳大