マスコミからの厳しい批判を鎮静化、「国産ロケットの父」糸川英夫氏が生んだ“突拍子もない発想”
■ なぜ、糸川氏は世論やマスコミ、地域から支持されたのか ――多くのメディアに出演する中では、批判に晒されたり、信頼を失ったりするリーダーもいます。なぜ糸川氏は世論やマスコミ、さらにはロケットの発射場に選んだ内之浦*2 の住民からも支持されたのでしょうか。*2 鹿児島県南東部の町。現在の町名は肝付町。JAXAのロケット打ち上げ施設である内之浦宇宙空間観測所が設置されている。 田中 糸川氏もマスコミや世論から批判されたことはあります。しかし、逆境になると創造性を発揮するのが糸川氏の特徴です。 例えば、まだ戦後10年という時に人工衛星の打ち上げ計画が発表されると「軍事目的になり得るのではないか」と批判が上がりました。確かに、液体燃料を使うロケットは誘導制御しやすいので、ミサイルなどの軍事目的にも転用できると考えられます。しかし、糸川氏は誘導制御が難しい固体燃料を使うことを決断しました。 固体燃料では誘導制御が難しいが故に、人工衛星を打ち上げて規定の軌道に誘導するには困難を伴います。そこで、糸川氏はニュートン力学に基づいて推進力と角度を割り出し、人工衛星を軌道に乗せる新たな方式「グラビティ・ターン(重力ターン)」を考案しました。この方式が軍事利用には向いていないことを説明することで、批判の声を収めることに成功したのです。 ――新たなイノベーションを生み出し、それを専門家以外でも理解できる形で伝えることによって多くの人に支持されたのですね。 田中 目的にたどり着くまでには、さまざまな問題が発生します。そこで糸川氏は、その都度、当時の常識からすると突拍子もないアイデアを考案していました。その姿を見て、ロケットの発射場に住む地域の人も応援するようになっていったのです。 内之浦のロケット発射場にある宇宙科学資料館には、ペンシルロケットをはじめ、過去のロケットや人工衛星が並んでいるのですが、最後の出口の前に内之浦婦人会の方が折った「折り鶴の短冊」が飾られています。 ロケットの打ち上げには爆音が伴い、地域の漁業や農業への影響も懸念されるため、地元住民から反対されるケースも少なくありません。この折り紙からも、糸川氏のロケット開発は地元に受け入れられ、住民と一心同体になって進めていたことが分かります。