余命宣告を受け命がけで彫った93枚の彫刻は1台850万円超のテーブルに…日本人トップ職人50年の研鑽
2020年、美知子さんに大きな出来事が立て続けに起こる。 スヴェンスクト・テン社から「100周年記念のネストテーブル製作」の依頼が来たのだ。 そして、それとほぼ同時期、余命宣告を受けるほどの大病を患い大きな手術を受けた。70歳の時だった。 ■闘病しながら制作を続け、余命の期間を超えた 美知子さんは迷った。発注数はアーカイブに入れるものを含めて31台。 1台のネストテーブルは、3つのテーブルが入れ子式で1セットになっている。つまり、合計で93枚分の天板を彫らなくてはならないことになる。 1枚にかかる製作時間はおよそ20時間。単純に計算してもトータルで1860時間かかる。体調が優れないときや治療中の期間は、当然作業に集中できない。闘病をしながらできるのか予想もつかなかった。 自身の体、命を最優先することが何より大切なのはわかっている。でも、スヴェンスクト・テンからのリクエストには応えたい。同社が指名で依頼するということは、現時点で「国内最高の職人」と認めている証なのだ。 悩んだ結果、自分の状況を同社のプロジェクトリーダーに伝えた。 プロジェクトリーダーはすべてを理解したうえで「ミチコに依頼したい気持ちは変わらない」という返答をしてきた。 美知子さんの気持ちも固まった。依頼を引き受ける覚悟を決めたのだ。 「でも、もしそのあいだに私の身に何かが起こって、この仕事をやり遂げられないようなことがあったとしたら、そのとき代わりにお願いする先は見つけておいたのよ。もちろんそれも事前に伝えたけど、なんとかやり切った。2年とちょっとかかったかな」 製作と同時並行で治療も続け、その間に最初に宣告された余命の期間も超えていた。2024年3月末のことだった。 ■命を燃やして制作した彫刻の値段 完成したネストテーブルについた価格を見て、美知子さん自身も驚いた。「600,000 SEK(スウェーデンクローナ)」。日本円に換算して約855万円(2024年10月時点)。ストックホルム・テーブルの時よりもはるかに高い。スヴェンスクト・テン社が有識者を通じて、国際市場での価値を鑑みて設定したのだそうだ。ネストテーブルをすべて納品し終えたときは「ほっとした。これからは、体のことだけを考えていこう、仕事はそろそろこれで終わりにしよう、って。でも心のどこかに空洞ができたような感覚だったかな。もし体の問題がなかったら、きっと仕事は辞めなかったと思うんだよね」