余命宣告を受け命がけで彫った93枚の彫刻は1台850万円超のテーブルに…日本人トップ職人50年の研鑽
■世界限定10枚、ストックホルムの街が描かれた天板 ピューター(金属)の天板にストックホルムの街が描かれた、ストックホルム・テーブル。デザイナーはスヴェンスクト・テン社の代名詞のような存在、ヨセフ・フランクとニルス・フォグステットのふたりだ。 当時の価格で、日本円にして約250万円。 当然、この仕事を受けたことで一気に業界内の注目を集めた。なかには、妬みやひがみの言葉を浴びせる人もいた。 「私は芸大を出たわけでもないし、なぜ? という感じで。『あの人はガツガツ、しゃしゃり出るタイプだからああいう仕事がもらえるんだよね』と陰で言われたり、『どういう方法を使って仕事を取ったの?』と嫌味っぽく言ってくる人がいたり。私が何か特別なことをしたわけでもないのに、そういうふうに勝手に言われるのはとてもつらかった」 限定版10枚は、完売。実はそのうちの一台は美知子さんが購入したのだが「価格をコントロールする権利はスヴェンスクト・テンにあるの。だから、私が作ったものではあるけど、私は自分の彫り代も払って買うんです。ときどき『あんな高いテーブルを作ったんだから、きっとすごく報酬をもらっているんだろう』といった目を向ける人もいるけど、私は職人です。製作にかかった時間の分だけ、時給でいただいているだけなんだけどね」と言って、少し困ったように笑った。 ■職人もデザイナーとともに刻まれるべき ここでひとつ、美知子さんの製作に関するエピソードを紹介したい。 美知子さんは、以前より知り合いだったジュエリーや家具を専門とする鑑定士たちから「ミチコ、良いものを作る仕事をするときは、サインすることを忘れるな」と言われていた。通常はデザイナーの名前だけが刻まれることが多く、職人の名前は表に出ない。 「私たち職人は、依頼主にとってはただの業者にすぎないからね」 でも、まわりの鑑定士たちはことあるごとに彼女に言い続けた。「僕たちの仕事は探偵みたいな仕事なんだ。デザイナーだけでなく、作った職人のことも調べたうえで値段を決める。本当は、名人の職人のサインも入れるべきなんだ。いつかそういう時が来たら、必ず君がそれをやるんだよ」その言葉が彼女の耳に残っていた。 だから、美知子さんはストックホルム・テーブルの仕事が来たときに「私、作品に自分の名前をサインしたいです。それが私の望みです」と同社に伝えた。 それまで前例がなかったため、社内でも上層部まで話が持ち上がり、協議にかけられた。結果的に美知子さんの希望通り、テーブルには自分のクレジットを刻むことが許された。 そのことを「サインをするように」と言い続けてくれた鑑定士たちに話したところ、彼らは「そうであるべきだ。職人は前に出てこなくちゃいけないんだよ」と言って、喜んでくれた。 それ以降、大きなプロジェクトなどで作られる作品には、デザイナーと職人、ふたりのクレジットを入れるという流れになってきているそうだ。 美知子さんがそのパイオニアだったんですか? と尋ねると「いえ、昔からガラス工芸の世界なんかではよくあることなんだけど、私はそれまでそういう機会に巡り合ったことがなかったの。私の仕事はお客様のものに手彫りをすることだからね。何かの作品に自分の名を残す機会自体が、めったにないことなのよ。だから、周りはもしそういうチャンスが来たらサインを忘れないように、私に言い続けてたのよね」と言った。